置き去りの恋心 | ナノ
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▽ 追憶の彼方


ナンパなんて軽い感じでもなく、チャラついた雰囲気からは程遠い彼がどうして連絡先を聞いてきたのか。見た目こそ派手だが、その見た目通りという訳ではなさそうだ。


その理由は分からないけれど、いつの間にか彼との連絡は私の生活の一部になっていた。


降谷さん≠ニ呼んでいたら、他人行儀だからと零くん≠ニ呼ぶようになった。彼も私のことをなまえ≠チて呼んでくれる。


なんとなく胸の奥が擽ったくて、変な感じだけど不思議と嫌な気はしなかった。


自分の知らない世界を知るのは楽しい。


警察学校にいる零くんとは、頻繁に連絡がとれるわけじゃないけど彼はその中でもマメに連絡をくれた。


5分くらいの短い電話。私が最近ハマっているドラマの話をしても、嫌な顔ひとつせず聞いてくれた。警察学校での同期の話をしている時の彼は、声色がいつもより少しだけ楽しげで自然と私も嬉しくなった。



「次の週末、一緒に出かけないか?」


そう誘われた時は、すごく嬉しくて二つ返事で頷いていた。


これが恋なのかと聞かれると、自分でもよく分からない。


会えて嬉しいなって思った。

今だっておばあちゃんの荷物を持ってあげて、何も言わず車道側を歩いている零くんの優しさに胸がきゅんとなったのも事実。



優しくて強い人。そしてどこまでも真っ直ぐな人だ。


おばあちゃんを警察病院に送り届けた後、最近できたショッピングモールでご飯を食べて映画を見た私達。


近くにあるカフェで映画の感想を語って、日が暮れる前に彼は私を家の近くまで送ってくれた。


まるで高校生の頃を思い出すみたいな甘酸っぱい1日だった。


彼の誠実さがそこに滲んでいて。やっぱり軽々しくナンパするような人ではなさそうだから、つい帰り際に尋ねてしまった。



「ねぇ、零くん」
「どうしたんだ?」
「なんであの日℃рフこと呼び止めて連絡先聞いたの?」


こんなにどストレートに聞かれるなんて思っていなかったであろう彼は、驚いたように目をぱちくりと瞬かせる。


しばしの沈黙のあと、口元を隠しながら視線を逸らす。



「・・・・・・最後にしたくなかった」
「最後?」
「あのまま別れたらもう会うことはないと思ったから。また会いたいって思ったんだ」


逸らされていた視線が交わる。澄んだ青い瞳は、真っ直ぐに私を見つめる。


僅かに頬が赤く見えるのは、夕焼けのオレンジのせいなのか。それとも違う何かなのか。


それに比例するように、私の心臓の音も早くなる。



「だから今日はまた会えて嬉しかった。ありがとな」
「・・・・・・っ、私も楽しかったし、また会えて嬉しい!」
「また誘ってもいいか?」
「うん!!」


胸の奥がぽかぽかと温かくなる気持ち。嬉しそうに笑う零くんから視線を逸らすことができなかった。





意識し始めると、私の中での零くんの存在がどんどん大きくなっていくような気がした。


仕事の休憩時間、彼からのメッセージがきていないか確かめるのが日課になった。たった数分、声が聞けたらそれだけで嬉しいと思った。


外出許可が下りる度に、彼によく会うようになった。


零くんはいつも夕方には私を家に送り届けてくれるし、指1本触れてはこない。そんな健全な関係が1ヶ月半ほど続いた頃。




「同じミスはしないように。君も後輩の指導はしっかりするんだ。分かったな?」
「「すみませんでした」」


顔を顰めた上司に、私と私の直属の先輩の2人が頭を下げる。


事の発端は、私のミスだった。まだ新人の私のミスは先輩の監督不行き届きだと上司は先輩を叱った。


もちろん私のその場で頭を下げたが、先輩が自分のせいで怒られているというのは想像以上にぐさりとメルタルに刺さった。


「みょうじさんはまだ入ったばかりだから、ちゃんと確認しなかった僕も悪いんだよ。だからそんなに気にしなくていい。ミスは誰にでもあるから。また頑張ろ?な!元気だせって!」


先輩の優しさが逆に胸をちくちくと刺激する。まさに自己嫌悪。


とぼとぼと家に帰り、ばたんとベッドに倒れ込む。


1度考え始めると、下降するメンタルは止まってはくれない。


ひとりぼっちの部屋は、そんな私の寂しさを煽る。そのとき、頭に浮かんだのは何故か零くんの顔で。



「・・・・・・・・・何してるんだろ」

ぽつりと溢れたひとりごと。


そのとき、机に置いていた携帯が鳴った。



着信 降谷 零


まるでどこかで見ていたんじゃないかってくらい完璧なタイミング。



「もしもし、」
『もしもし?こんな時間に悪い、寝てたか?』
「ううん、今仕事終わって帰ってきたとこ。起きてたよ」
『こんな時間まで仕事だったのか?帰り1人だと危ないだろ』


いつもと変わらない零くんの声。


それが私の涙腺を刺激した。



「・・・っ・・・、」
『なまえ?泣いてるのか?』
「・・・っ、泣いて・・・ないよ・・・」
『嘘が下手だよな、お前。どうした?何があったんだ?』


小さく笑った零くん。その声色に優しさが滲む。


ぽたぽたと頬を伝う涙。


私は今日あったことを彼に話した。


自分のミスで先輩を巻き込んでしまったこと。それなのに私を責めることなく励ましてくれたこと。自分の不甲斐なさが嫌になる。


零くんは黙ったまま私の話を聞いてくれた。



「なんかホント私ってダメだなぁって少しへこんでただけ。ごめんね、こんな話して」


目標に向かって頑張っている零くんに、こんな愚痴みたいな弱音を吐いたことが途端に恥ずかしくなって涙を誤魔化し態とらしく大袈裟に笑う。


電話の向こうの零くんは笑っていなかった。


『ダメじゃないだろ、なまえは』
「っ、」
『仕事のミスはたしかに反省すべきことかもしれないけど、そんなに自分を卑下するな。なまえにはいい所がたくさんあるから』
「いいとこなんてあるのかな・・・」


何となく下向きな気持ちから、そんな言葉を口にしてしまう。


『困っている人に手を差し伸べられる優しくて真っ直ぐなところ。なまえの傍にいると、自分も優しくなれる気がするんだ。・・・・・・まぁ、方向音痴なとこはたまにキズだけど』


くすり、と笑った零くん。彼の言葉は、すとんと私の胸の中に落ちてきた。


零くんが優しいのは、元々だよ。

こうして私のことを気にかけてくれて、励ましてくれる優しい人。


私はそんな特別な人間じゃないから。



「優しいのは零くんの方だよ。いつもこうやって気にかけてくれて・・・」


だからつい甘えてしまいそうになるんだ。




















『好きな奴には、優しくしたくなるもんだろ』









さらりと告げられた言葉に、時が止まる。





「・・・・・・・・・、」
『おい、そこで黙り込むなよ』
「だ、だ、だって・・・!好きって・・・友達として、?」
『ただの友達と毎日連絡は取らないし、外出許可が下りる度に会ったりしない』
「・・・っ、」
『本当は今度会った時に言うつもりだったんだけどな』



予想していなかったわけじゃない。


なんとなく、嫌われてはいないだろうなとは思っていたけどこんな風に気持ちを伝えてもらうなんて想像していなかったから。


ばくばくと大きく脈打つ心臓がうるさい。



『初めて会った時から、特別≠セったんだと思う。俺はなまえのことが好きだよ』
「・・・・・・っ・・・、」
『お前は?』



そんなの・・・・・・、

















「・・・・・・私も・・・好き、です」
『ははっ、なんで敬語なんだよ』





私と零くんの関係に名前がついた日のことを、昨日のことみたいに覚えてるんだよ?零くんはもう忘れちゃったのかな。

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