▽ 好きになるまで
「へぇ、じゃあ今日は待ちに待ったその子とデートってわけね♪」
「っ、別にデートなんかじゃ・・・!」
「男と女が休みの日にでかけるなんて、デート以外のなんでもねェだろ」
「松田まで何を・・・!」
うるさい幼馴染みコンビは俺の左右に立ち、朝からニヤニヤと付き纏ってくる。
そんな萩原達の腕を振り払い、ジャケットを羽織る。
「おい、お前達あんまり降谷を揶揄ってやるな」
「そうだよ。零が不貞腐れちゃうと困るしね」
止めているようで、煽っている班長とヒロ。
どうやら彼らは今の状況が面白くて仕方ないらしい。
我ながらどうかしている。そんなことは分かっていた。
あの日、なまえに連絡先を聞いた俺は割とマメに彼女と連絡をとっていた。
携帯を触れるのは、わずかな時間。
やり取りの内容は、なんてことない話ばかりだった。
ランチで何を食べたとか、彼女が好きだという最近流行りのドラマの話。警察学校での訓練の話や、同期達の話。
きっと彼女が相手じゃなければ、こんなやり取り続けることはなかっただろう。
でも何故か、なまえからの返事を待っている自分がいて。外出許可が下りた週末。あの日以来初めて彼女に会う。
萩原達が言うようにデートとやらに分類されるのかもしれない。そう思うと心臓がいつもよりうるさく脈打つような気がした。
*
待ち合わせ場所に向かうと、そこには初老の女性と話しこむなまえの姿があった。
「ちょっと地図調べるんで、待ってくださいね!」
「お手間かけてごめんねぇ」
「いえいえ!大丈夫ですよ」
携帯を見ながら、何かを調べているらしい彼女。申し訳なさそうに眉を下げるその女性に、ニコニコと笑顔を向けていた。
そんな2人に近付き声をかける。
「なまえ」
「あ!零くん!ちょうど良かった!」
あの日∴ネ来初めて会う彼女。連絡はとっていたとはいえ、面と向かって名前を呼ぶことに少しだけ緊張した。
彼女はそんな緊張なんて微塵もなく、嬉しそうにぱぁっと笑顔になる。
「ちょっとこのおばあちゃん、警察病院の近くまで送って行ってもいい?今調べたら歩いて10分くらいみたいだから」
「わざわざごめんね。お兄ちゃんとデートの約束してたんだろう?」
「近くだし気にしないでください!ね、零くん?」
「あぁ。時間ならあるし、僕らのことは気にしないでください」
「2人ともありがとうねぇ」
あの時も思ったが、なまえは人との距離の縮め方が上手いんだと思う。
人当たりが良くて、面倒見がいいから困っている人を放っておけない。彼女自身は特別なことをしている意識はないんだろう。ただ自分の手の届く範囲で、困っている人間に手を差し伸べただけ。
人間関係が希薄になっていく世の中で、それを当たり前にできることがどれくらい価値のあるものなのか。
きっと彼女はそんなつもりなんてないんだろうな。
そんな姿に自然と口角が上がる。
「じゃあ、とりあえず信号渡ってあっちに・・・」
「おい、警察病院じゃなかったのか?」
「え、こっちじゃないの?」
「バカ、反対方向だ。地図見てたんだろ?」
「あれ?あ、そっか!えへへ、ちょっと地図見るの苦手なんだよね」
警察病院とは反対方向に進もうとした彼女の腕を思わず掴む。
携帯の画面を見ながら、少しだけ恥ずかしそうにはにかむ彼女。
真っ直ぐで、優しくて、どこか抜けていて放っておけない奴。
気が付くと、そんな彼女が俺の心を占める割合がどんどんと大きくなっていった。
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