置き去りの恋心 | ナノ
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▽ 手は届くのに心は遠い


先輩のその後の行動は早かった。その場ですぐに毛利探偵事務所に連絡をしてくれ、あっという間に相談の日程を決めてくれた。


「ついて行こうか?」と言ってくれたけど、貴重な休みにそこまで付き合わせるのは申し訳ないと丁寧に断る。


そしてあっという間にその日はやって来た。



日中ということもあるのか、今日は足音がついてくることはない。刺すような視線も感じないことで、少しだけ外でも呼吸ができた。


それでもやっぱり周りの人の目は少し怖くて。


もし足音の持ち主がどこかで私のことを見てたら?探偵事務所に相談に行ったと知ったらどうなるんだろう。


約束の時間まではまだ30分以上ある。顔を上げると、そこは窓に毛利探偵事務所≠ニ書かれたビルの前。あとはこの階段を登るだけだというのに足が張り付いたみたいにその場から動かない。



怖い、怖い、こわい、こわい・・・。


くらり、と目の前が揺らぐ。きっと自分が思っているより、精神的にも色んなことが重なって限界だったんだと思う。



「お姉さん、大丈夫?顔色悪いけど・・・、」
「っ、」


不意に足元から聞こえてきた幼い声に、びくりと肩が跳ねる。視線を下げると、大きめの眼鏡をかけランドセルを背負った男の子が私を見上げていた。その後ろには彼の友達らしき子供が3人、同じように心配そうにこちらを見つめる。


きょとん、とした顔で私を見上げるその子は小さく首を傾げる。


こんな小さな子にまで心配かけちゃうなんて、ホントどうかしてるよね・・・。自己嫌悪、その言葉がぴったりだった。


「心配かけてごめんね。でも大丈夫だよ、ありがとう」
「ホントに?」
「うん、最近少し寝不足だから眠かっただけかな」

膝を折り、腰を屈めその子の視線に合わせる。どうにか笑顔を作り、そう伝える。


寝不足なのは嘘じゃない。

眠ろうとベッドに入っても色んなことを考えてしまう。最近は、眠ろうと思って眠れた試しがなかった。限界がきて落ちる、そんなことの繰り返し。



探偵事務所の階段下でそんな話をしていた私とその子の会話を遮るように、1階にある喫茶店のドアがカランコロンと軽やかなベルの音と共に開く。







「・・・・・・・・・っ、・・・」



息の、仕方を忘れたかと思った。


ぴたり、と私の中で時間が止まる。






「あ!安室さん!」
「やぁ、学校帰りかい?」
「うん!さっきまで皆と公園でサッカーしてたとこ」




あむろ・・・・・・?


さっきまでとは違う何かが私の胸を塗りつぶしていく。





その喫茶店から出てきたのは、ホウキとチリトリを持った零くんだった。



顔も、声も、間違いなく零くんなのに、目の前の子供達は彼をあむろさん≠ニ呼ぶ。





貴方は一体誰なの・・・・・・?





「そちらの女性は?」
「少し顔色悪くて大丈夫?って声掛けたとこなんだ。あ、そうだ!お姉さん、少しポアロで休んでいったら?」


男の子は、そう言って喫茶店の看板を指差す。



あむろさん≠フエプロンにもポアロと印刷されていて、彼かここで働いていることは明白だった。




「大丈夫ですか?たしかに酷い顔色だ・・・、彼の言う通り少し休んでいってください」
「・・・っ、大丈夫です・・・!」
「そんな顔色で大丈夫≠ヘ説得力に欠けますよ」



ねぇ、貴方は誰なの?


ぐちゃぐちゃになった頭の中。


あむろさん≠ヘ私の顔を見ても動揺ひとつ見せない。


困ったように眉を下げ、有無を言わさない口調で私を店内に引き込む。



ゆったりとした音楽が流れ、香りのいいコーヒーの匂いに包まれた店内。きっとこんな状況でなければ、居心地のいい空間なんだろう。



「やっぱり私、」
「奥のカウンター席どうぞ。コナン君達も一緒にそっちに座るかい?」
「うん!お姉さん行こ!」



私の服の裾を引っ張る女の子。その手を振り払うことなんか出来るわけもなくて、言われるがままにカウンター席に腰掛ける。



子供達はこの店の常連なのか、口々にジュースやケーキを注文していく。隣に座っていた眼鏡の男の子が、私にメニューを差し出しながら「お姉さんは何飲む?」と聞いてくれる。


「アメリカンのホット、・・・・・・お願いします」

顔を見ることができなくて、メニューから顔を上げずにそう告げるとあむろさん≠ヘ「少しお待ちくださいね」と店の奥に向かった。


「お姉さんもケーキ食べる?」
「安室の兄ちゃんのケーキ、すげぇ美味いんだぜ!」
「おすすめですよ!」

キラキラした笑顔で話しかけてくれる子供達。零くんとケーキ、結び付かないその2つはやっぱり私の頭を乱していく。


目の前の無邪気な子供達に余計な心配をかけたくない。その一心で、「今はお腹いっぱいだから、また今度来た時に食べてみるね」と返す。今度≠ネんてあるはずないのに。



しばらくしてカウンターに戻ってきたあむろさん≠ヘ、子供達にケーキとジュースを出しそのまま私の前にコーヒーの入ったカップをそっと置いた。



「熱いので気をつけてくださいね」


人当たりのよさそうなそんな笑顔。ゆったりと下がる目尻が、嫌でも昔を思い出させる。





やめて。



零くんと同じ顔で、そんな目で、私のことを見ないで。


纏う雰囲気が決定的に違う。それでも他人の空似なんてあるわけない。目の前の彼は、間違いなく零くんだ。




これ以上、ここにいちゃいけない。






「ごめんなさい、先にお会計だけ置いておくので、少し外で電話してきてもいいですか?」


財布から1000円札を1枚取りだし、カウンターの上に置く。幸い子供達はケーキに夢中で、こっちに意識は向いていない。


鞄を持ってそのまま立ち上がろうとした私の腕を掴んだのは、カウンターから出てきたあむろさん≠セった。


久しぶりに触れるその体温に、心臓が大きく脈打つ。




「っ、」
「今はお客さんもいないので、中で電話していただいて大丈夫ですよ。外は寒いですし」


言葉こそ丁寧だけど、掴まれた腕にぎゅっと力が入る。



お願い・・・、離して。


きっと子供達がいなければ、私はその手を振り払っていたと思う。



じゃないと、また・・・・・・、





「・・・・・・分かりました。じゃあ少し失礼しますね」


私が頷くと、彼の腕がそっと解かれる。


小さく息を吐いた私は、そのまま携帯で毛利探偵事務所に電話をかける。



事情は分からないけど、零くんがここにいる以上相談なんてしにいけるわけがない。


予約して時間をとってもらっていたのに、申し訳ないと思いつつ電話が繋がるのを待つ。



『はい、こちら毛利探偵事務所です』
「あ、すいません。17時からご相談の予約をさせていただいていたみょうじと申します」
『あぁ、加藤さんのご紹介の!どうされましたか?』
「少し予定が入ってしまって・・・。大変申し訳ないのですが、お日にち改めさせていただいてもよろしいですか?お時間作っていただいていたのに本当にごめんなさい・・・」
『いやいや、お気になさらず。ご丁寧にどうも』


毛利さんは先輩の言う通り気さくで優しい人で。すんなりと話は終わり、電話を切った。

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