▽ 願う声は届かない
どんなに辛くても、現実から目を逸らしたくても、時計の針は止まってくれなくて。
陣平くんの容態は悪化することこそなかったけど、目を覚ますこともないまま時間だけが過ぎていく。
いつまでも仕事を休むわけにもいかないし、一見すると変わらない%常が流れていく。
零くんが私の日常からいなくなった時と同じだ。ただ決められたことを繰り返すだけの日々。朝起きて、仕事に行って、帰ってきて眠る。倒れない程度にご飯を食べて、気を失ったみたいにすとんと意識を手放す。
ただ生きてる≠セけの毎日。
あの日から萩原さんは、何かと私のことを気にかけて連絡をくれる。陣平くんのお見舞いに行ったときに、会うこともよくあった。その度に、自分だって辛いはずなのに笑いかけて気遣ってくれる。
「困ったこととかあったら、いつでも言ってね」彼はそう言ってくれるけど、言葉のままそれに頼っていいはずがない。
そして悪いことというのは、重なるもので。
コツン、コツン、と背後から響く足音。手先の温度が失われていく感覚。なるべく人の多い道を通り、マンションに着くと急いでエントランスのドアの鍵を開ける。周りに人なんかいないのに、エレベーターの閉ボタンを連打して部屋に入るとやっと普通に息ができた。
そう、1週間ほど前からまた私の周りにあの影が彷徨くようになった。
玄関のドアに背中を預け、ずるずると座り込む。
そのとき、ピンポーンと響いたチャイムの音にびくりと体が跳ねる。
聞きたくない。やめて。お願い、やめて・・・。思わず耳を両手で塞ぎ、膝に顔を埋める。
外に出れば誰かの視線を感じる。付き纏う足音。私が部屋に入ると鳴り響くチャイム。真っ黒に塞がれているカメラには誰も映っていなくて、何度かチャイムを鳴らすとその影は去っていく。
会社に簡単に事情を話し、暗くなる前に帰らせてもらうようにした。周りに人がいるとはいえ、その気配が怖くて堪らない。
会社の人達はみんな心配してくれて、「家まで送ろうか?」って言ってくれる人もいたけどそこまで頼れるわけがない。
警察に行こうかなとも思ったけど、もしそこで萩原さんに会ったら?きっと彼は必要以上に心配してくれる。ただでさえ、色んなものをその背中に背負っているのにこれ以上迷惑をかけることは出来ない。
頼れる人なんかいない。
座り込んだままだったから、人感センサーに反応してついていた電気がぷつんと消える。
真っ暗で、ひとりぼっちの部屋。
誰も、いない。
「・・・・・・っ・・・、」
静かな部屋に嗚咽混じりの泣き声が響く。1人になってよく分かった。自分がどれだけ周りの人に甘えてたのか。どれだけ支えれもらってたのか。
頼ってばかりで何も返せない。
だから零くんは私から離れていった。
陣平くんはあんな目にあってしまった。
頭の中で「お前のせいだ」と誰かの声がする。
ぜんぶ、わたしのせい、なのに。
「・・・・・・・・・れ、い・・・くん・・・・・・」
助けて。この期に及んでも、まだ彼の名前を無意識に呼んでしまう自分が大嫌いだ。
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