置き去りの恋心 | ナノ
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▽ 失った世界に一人


目が覚めると、そこは真っ白な空間だった。


ツン、と鼻を掠める消毒液の匂いがここを病院だと教えてくれる。


「なまえちゃん、気分どう?どこか痛いとかしんどいとかない?」


隣から聞こえてきた声に、首をそちらに向ける。


「はぎ、わらさん・・・」

ベッド脇に座る萩原さんは、どこか疲れたような顔で。憔悴≠チて言葉がぴったりだと思った。


それでもこうして私の隣にいてくれるのは、きっと陣平くんに頼まれたから。


そう、陣平くんに・・・・・・っ、




「っ、陣平くんは?!」

急に声を荒らげ、起き上がろうとした私の身体を支えるように萩原さんが慌てて立ち上がる。

大きな声を出したせいで頭がずきり、と痛んだけれどそんなこと今はどうでもよかった。



「ちゃんと説明する。落ち着いて聞いてね」
「・・・・・・っ、」


萩原さんの顔色、声、雰囲気。その全てがこれから続く言葉が決していいものじゃないことを物語っていた。


椅子に座り直した萩原さんは、小さく息を吐くとゆっくりと言葉を選びながら紡ぐ。


「一命は取り留めたけど、予断を許さない状況で今この病院のICUにいる。あの爆発に巻き込まれて生きてた方が不思議なくらいだって医者も驚いててさ。・・・・・・いつどうなってもおかしくないって」
「っ、」
「面会はできないけど、あいつの顔見に行く?俺も着いてくから」



怖かった。

でも会わない方がもっと怖いから。



震える手をぎゅっと握りしめ、小さく頷くと萩原さんは優しく笑って私の頭をそっと撫でてくれた。



陣平くんより少し大きなその手。目の奥がツンとなって、涙が溢れそうになったのを唇を噛んで必死に堪えた。




ガラス越しで直接触れることの出来ない距離。陣平くんの顔の一部は包帯で隠れていて、布団から覗く腕にも包帯がぐるぐると巻き付けられていた。

彼の周りを慌ただしく行き交う看護師さんやお医者さんの顔は険しくて。医療ドラマとかでよく見る心電図、それが一定のリズムを刻んでいることだけが生きている≠アとを教えてくれた。



頭で萩原さんの言葉を理解していても、いざその光景を見ると心がそれを拒否してしまう。







嫌。嫌。嫌。嫌。


信じたくない。見たくない。



1度は震えを押さえ込んだはず手がまたカタカタと震え出す。


足元が真っ暗になっていくような感覚。ぐらぐらと、崩れていくみたいだった。




「っ、なまえちゃん!」


ガクン、と倒れそうになった私の肩を萩原さんが寸のところで支えてくれる。そんな私達に気付いた看護師さんが「大丈夫ですか?」と駆け寄ってくる。










・・・・・・・・・もう、何も見たくない・・・。




萩原さんの後ろにある窓越しに真っ黒な空が見えた。


そっか、いつの間にか夜になっていたんだ。



黒い空にぽつぽつと光る星と、少しだけ欠けた月。きっと思っていたより長く気を失っていたんだろう。






「・・・・・・萩原さん、今何時ですか?」
「え、?」
「時間、教えて欲しいです」
「22時を少しすぎたところだけど、」


突然の問い掛けに戸惑いながらも、携帯で時間を確認して教えてくれる萩原さん。私は彼から離れ、ふらつく足にどうにか力を入れる。


「・・・・帰らなきゃ。あんまり帰るの遅くなると陣平くん心配するから」
「っ、なまえちゃん・・・」
「あ、そうだ。その前に電話しなきゃ。・・・・・・約束してたから」


でも待って、私の携帯どこだろう。

早く電話しなきゃ、また余計な心配をかけてしまうのに。



「萩原さん、携帯貸してもらえませんか?」
「・・・・・・なまえちゃん・・・」
「陣平くんと約束してたから。夜出歩く時は、電話するねって」
「・・・っ・・・、」
「だから、・・・・・・だから・・・っ、」






頭の中で本当は分かっていた。


陣平くんがその電話に出てくれることはないって。



それでも認めてしまったら、今度こそ耐えられる自信がなかったから。


うわ言のように陣平くんの名前を繰り返す私を見ながら、萩原さんはぎゅっと唇を噛み締める。



酷いことをした。本当に彼には何度謝っても足りないだろう。

陣平くんの傍にいたいはずなのに、私の隣にいてくれて。支えようとしてくれて。それなのに私は現実から逃げようとしているんだから。



「・・・・・・なまえちゃん。ゆっくりでいいから、・・・・・・ゆっくり受け入れていこう。じゃなきゃ君の心が壊れちまう」
「っ、」
「松田は強い。だから今の俺達にできるのは、信じて待つことだけなんだ」


真剣なその声は、私の心の亀裂にひしひしと沁みて痛い。



強く私の腕を掴む彼の手。その痛みだけが現実だった。

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