置き去りの恋心 | ナノ
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▽ 限られた時間の中で


朝一緒に家を出てなまえを会社まで送り、仕事が終われば迎えに行く。帰りにスーパーに寄って買い物をして家に帰るとアイツが作った飯を食う。


当たり前になりつつあるその生活。


そんな日々を面倒だと思うことはなくて、むしろ居心地がいいとすら思ってしまう。


なまえの家に増えていく俺の私物。それを見る度に、何となく胸の奥がちりちりと焦げるような感覚に襲われた。


コンビニ飯に頼りがちな俺を見かねて、自分のものを作るついでだと用意してくれるようになった弁当は萩に愛妻弁当と揶揄われる始末。


ついで、という割に栄養バランスの考えられたその弁当は、きっとアイツから俺への感謝の気持ちなんだろう。


俺が近くにいるからなのか、あの日からストーカーがなまえに何かをしてくることはなかった。


不審な足音も、隠し撮りの写真も、非通知からの着信もない、至って平穏な日々。


だから油断していたんだと思う。



「あ、玉ねぎペースト買ってくるの忘れた」


スーパーで買い物を済ませ、キッチンに立っていたなまえがはっとしたように呟く。


「買い忘れか?」
「最後に買おうと思ってたの忘れてた。ちょっと走っていってくるね」
「もう遅いし、俺が行ってくる」
「陣平くんどれか分かんないでしょ?大丈夫、すぐ近くだし」


揶揄うように小さく笑いエプロンを外すと、そのまま財布を手に取り玄関に向かうなまえ。

止める間もなく、ガチャンと閉まったドア。


たしかにここからスーパーまでは歩いて5分ほど。暗い道でもねェし、まぁ大丈夫か。


そう思いソファに座り直すも、やっぱり夜に1人でアイツをうろつかせるのは心配で。


携帯をポケットに入れ立ち上がると、そのまま追いかけるように玄関を出た。



街灯に照らされた路地。スーパーまでの道は一本道だから、すぐに追いつくはずだ。


カツン、カツン、と自分の足音が響く路地。





「っ、離して!!」


そんな静かな路地に響いた聞き覚えのありすぎる声に、弾かれたみたいに顔を上げる。


その声は脇道にそれたすぐ近くの公園の裏からだった。



「っ、やっぱ1人で行かせるんじゃなかったか」

思わずこぼれた舌打ち、呟いた独り言が焦りを帯びる。



「最近ずっとあの男と一緒だったから僕寂しかったんだよ?」
「っ、」
「あ、そうだ。あの写真よく撮れてただろう?どれも可愛くてお気に入りで・・・」


走って駆けつけたその場所には、なまえとその腕を掴む男の姿。


ペラペラと早口で捲し立てるその男と、その手を振り払おうとしているなまえを見た瞬間、一気に頭に血が上る。




「おいコラ、おっさん」
「・・・っ、お前・・・!」


つかつかと2人に近付き、なまえを掴むその男の腕を捻りあげる。掴む力が緩んだ隙に、なまえはその手を振り払い俺の腕を掴んだ。



「・・・・・・っ、じん・・・ぺい、くん・・・」

その手は小さく震えていて、その男の視線から隠れるように俺に身を寄せる。


・・・・・・あぁ、駄目だ。


俺だって警察官の端くれ。冷静にどうすべきか判断しないといけねェ。頭ではそう分かっているのに、怖がるなまえの姿を見ると、ふつふつと腹の底から怒りが込み上げてくる。


まるで血管の中の血液が逆流するみたいに、目の前が真っ赤に染まる。



「俺の方が・・・、俺の方が・・・っ・・・、」
「あ゛ぁ?」
「俺の方がずっと前からなまえちゃんのことを見てたんだ!!お前なんかより・・・俺の方が・・・っ、」


ぷつん、と自分の中で何かが切れた音がした。


バキ!っと鈍い音が辺りに響く。隣にいたなまえが小さく息を飲む。


拳を振り下ろす寸前、僅かに冷静さを取り戻した頭が一瞬の手加減をしたがその男は勢いよく地面に倒れ込む。


そしてそのまま地面に屈むと、そいつの胸ぐらを掴む。



「っ、陣平くん!」

焦ったようななまえの声。自分を落ち着かせるように小さく息を吐くと、そのままそいつの胸ぐらを掴む手に力を入れぐっと顔を近付けた。



「テメェがなまえをいつから見てたとか、ンなことどうでもいいんだよ。コイツのこと怖がらせて、不安にさせて・・・・・俺はそれが許せねェ。次コイツに何かしたらマジで許さねェぞ」


腰を抜かしたみたいにへたりこんだその男は、小さく震えながら俺から視線を逸らす。


女相手にしか強く出れねェ、こんな奴のせいでなまえは怖いを思いをしていた。


・・・・・・1発殴るだけじゃ足りねェだろ、そんなの。



「とりあえずじゃあ警察・・・「っ、待って」


警察という言葉に、びくりと体を震わせた男。携帯を取り出そうとした俺を止めたのは、なまえだった。



「どうした?」
「・・・・・警察は、いい」
「は?何でだよ」
「今ここで・・・、二度と私に近付かないって約束してくれたら、それでいい」


なまえの言葉に、ぱっと顔を上げた男はこくこくと首を上下に振る。


「っ、約束します!!!だから警察は・・・っ、」
「二度と私の前に現れないで・・・。次は絶対に警察に通報します・・・」


ずるずると後退りをしたかと思うと、その男は立ち上がり走ってその場を離れようとする。



「っ、おい!!」
「陣平くん!追いかけなくていいから・・・っ、」
「何でだよ!あぁいう奴らはまたやるに決まって・・・」


るんだよ。そう言いかけた言葉を、俺を見上げるなまえの顔を見た瞬間思わず飲み込んでしまう。


大きな瞳には涙が溜まり、腕を掴む手は震えていたから。



「・・・・・・事情はどうあっても、あの人を殴ったせいで陣平くんに何かあったら・・・っ、」
「・・・っ、!」



馬鹿かよ、コイツ。


何でこの状況で俺の心配なんかしてンだよ。




たしかにあの男を殴ったのは、警察官≠ニしては正しくはない。でも男≠ニしてアイツを許すことはできなくて。


あれが問題になるなら、甘んじて処分を受けるつもりでいた。



なのにコイツは・・・・・・、





「馬鹿だろ、お前・・・。こんな時に俺の事なんか気にしてんじゃねェよ・・・」
「気にするよ・・・。私のために怒ってくれたんだもん」


形のいい唇が小さく震える。怖かったはずなのに、無理して笑おうとするその姿に胸の奥が締め付けられるような気がした。


気が付くと俺は震えるなまえの体を抱き寄せていた。



「こんな時に強がってんじゃねェよ、馬鹿」
「・・・・・・っ、」
「1人で行かせてごめん。来るのが遅くなって悪かった」
「っ、そんなこと・・・!・・・助けてくれて、ありがと・・・っ、」


俺の服の胸元を掴んでいたなまえの手に力が入った。








今思い返してみたら、多分この頃には俺はもうお前のことを友達≠ニしても零の元カノ≠ニしても見れていなかったんだと思うんだ。

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