▽ たくさんの思い出を残して
あれから1週間が過ぎた。
あの日から私の周りで不審なことはない。あの男が現れることもなかった。
「また荷物とかは、おいおい持って帰るわ。てかマジで大丈夫なのかよ」
「うん。いつまでも陣平くんに甘えてばっかじゃいけないし」
しばらく様子を見るために私の家に泊まっていた陣平くん。ひとまずあの男の気配もないから明日から自分の家に帰ることになっていた。
私が作った親子丼を食べながら、心配そうに顔を顰める彼。
ホントはね、まだ少しだけ怖いの。
それでもこれ以上陣平くんに甘えてたらいけないと思うんだ。
1ヶ月弱の間、ずっと隣にいてくれた陣平くん。
ううん、零くんと別れたあの日から彼はずっと私のことを心配してくれていた。
陣平くんの優しさに触れる度、私の中に残る零くんが薄れていきそうで怖かった。
現に今だってもうなまえ≠チて名前を呼んでくれる零くんの声は朧気で。頭を撫でてくれる手も、陣平くんの少し体温の高い手の方が私の記憶には新しい。
何かあった時に、頼ってしまう安心できる香りが陣平くんの煙草の匂いになってしまいそうで。
零くんのことが大好きで忘れられないのに、こんな風に陣平くんを頼っている自分が嫌い。
これ以上傍にいたらいけない。
頭の中で誰かがそう警笛を鳴らす。
「お前さ、零とのことこのままでいいのか?」
そんな私の頭の中を見透かすみたいに、食事を終えた陣平くんが口を開いた。
思わず箸が止まる。
いつになく真剣な声の陣平くんが真っ直ぐに私を見つめる。
「・・・・・・っ、何が?」
「何が?じゃねェ。このまま終わっていいのかって聞いてんだよ」
陣平くんは、私がまだ零くんを好きなことを知っていてずっとそれには触れずにいてくれたのに。
なんで今更そんなことを言うの?
思い出すのは、あの日≠フ零くんの冷たい眼差しと吐き捨てるような拒絶の言葉。
縋りつけるほど・・・・・・、私は強くなれないよ。
箸を置き、気持ちを落ち着けるように小さく息を吐く。
「私ね、あんな風に拒絶されるのはもう耐えられないよ」
「なまえ・・・」
「思い出すだけで今でも泣きそうになる。他の女の子と一緒にいたことなんかより、一緒に過ごしてきた時間を全部否定されたことが何より辛かった」
楽しかったことも、幸せだったことも、笑いあったことも。
全部全部なかったことにするあの言葉は、私の心を深く抉った。
「・・・・・・泣いて縋りつけるほど、強くはなれないよ」
込み上げてくる気持ちが涙となって両眼から溢れる。
もっと強い女の子なら。
零くんの気持ち≠ノ気付くことができたのかな?
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