置き去りの恋心 | ナノ
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▽ 涙が溢れ出す前に


徹夜で回転の鈍くなってきた頭。


目の前には栄養ドリンクや、コンビニのおにぎりのゴミ達。



「降谷さん、少し仮眠を取られた方が・・・」
「・・・・・だな。30分で戻る」


警察庁で大量の積み上がった書類と向き合い続けていたが、そろそろ睡魔が限界らしい。あの飲み会から何も考えたくなくて、仕事に逃げたが疲れというのはやはり蓄積してしまう。


隣のデスクで作業していた後輩の気遣わしげな視線を受け、仮眠室に向かう。


簡易のベッドは決して寝心地がいいとはいえないけれど、今の俺からすれば高級布団に思えた。


ギシッという鈍い音と共にベッドに沈む体。視界を遮るように片腕を顔の上にのせる。



・・・・・・こういう時間は駄目だ。余計なことを考えてしまう。




「ちゃんと栄養あるもの食べなきゃダメだよ!お弁当作ったから食べる時間ありそうなら食べて?」

「零くんまた寝てないでしょ!ほら、今日は早く寝て!」

「久しぶりに零くんに会えたから嬉しい」



記憶の中のなまえは、いつも俺の事を気遣ってくれていて。久しぶりに会えば、会えなかった時間を責めることもなく、笑って俺を受け止めてくれた。


目を閉じれば、心配そうに眉を下げる顔も、怒ったように眉間に皺を寄せる顔も、花が咲いたみたいに笑う顔も、その全てがすぐ近くにあるのに。



「・・・・・・なまえ・・・」


誰もいない仮眠室に、小さく響くそれに返事が返ってくることはない。



こんなにも弱い自分が嫌になる。


その手を離したのは俺の方なのに、性懲りもなくその温もりを求めてしまう。



眠気と疲れでマトモな判断ができていなかった。きっとそんなのは言い訳でしかなくて。



限界≠セったんだと思う。




なまえのいない日々は、俺には耐え難いものだった。




腕をずらし、ポケットから取り出した携帯を操作する。連絡先を消していても、その番号を忘れるはずがない。



聞こえてくるコール音。


たった一言。会話なんて出来なくてもいい。

アイツの声を少しでもいいから聞きたくて。














「降谷さん!組織の件で動きが・・・!」


ノックもなしに開いた仮眠室のドア。


反射的に電話を切る。


「・・・・・・あぁ、すぐ行く」


何をやっているんだ、俺は。


一気に現実に戻ってきた頭が後悔で包まれる。


折り返しなんてあるわけがない。

非通知設定でかけたその番号が、俺だとなまえが気付くこともないだろう。



つくづく自分の弱さに反吐が出るな。


乱暴に髪を乱しながら、思わず嘲笑的な笑みがこぼれた。






それ≠知ったのは、それから2週間ほど経った頃だった。


たまたま本庁に用があり、そこで聞こえてきた会話。


それは聞き慣れた同期の声。



喫煙所から出てきた松田と萩原。


背を向けている2人が俺に気付く様子はない。


「陣平ちゃんは今日も愛妻弁当なワケ?いいねぇ♪」
「別にそんなんじゃねェよ」
「なまえちゃん料理上手いから羨ましいよ」


いつもの調子で松田を揶揄う萩原。2人の会話をすぐには理解することが出来なかった。


その時、松田が不意に立ち止まる。


どうやら電話がかかってきたらしい。ポケットから携帯を取り出すと、萩原から少し離れて電話に出る。



「どした?」

「たまにはなまえの食いたいもんにしろよ」

「あー、じゃあカレーがいい」

「おう。また終わったら迎えに行くわ」


たった数分、5分にも満たないその会話。


電話の向こうの声なんて聞こえないけれど、その相手に向ける松田の声色は俺達に向けるものとは違っていて。


悪戯めいた顔で笑う萩原の言葉が予感を確信に変える。



「今日の陣平ちゃん家の晩ごはんカレーかぁ♪ 毎日美味い飯食えるって幸せだよなぁ。俺も飯作って待っててくれる女の子探そっかな」
「お前の場合は、日替わりで相手の女が変わりそうだな」
「ははっ、ひでぇな」

ふざけ合いながら廊下の向こうに消えていく2人。



心臓が何かに内側から強く掴まれたみたいに痛む。無意識に握っていた拳は、小さく震えていて。



あの時、電話が繋がらなくてよかった。


話す気なんてなかったけれど、きっと声を聞いてしまえば俺はアイツに気持ちを伝えてしまっていたから。



なまえの口から松田と一緒にいる事実なんて聞いてしまったら、きっと俺は冷静でいられなかったはずだ。



「・・・・・・ははっ、笑えるな、本当に」


惨めすぎて、滑稽すぎて笑えてくる。


傷付けて、その手を離したくせにまだこうして未練がましくその温もりを求めてしまう自分が心底嫌いだ。


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