▽ そんな権利なんてあるはずもないのに
久しぶりの同期5人での飲み会。
松田に会うのが少しだけ気まずくて、最初は行くのを渋った俺だったがヒロに半ば強引に連れてこられた居酒屋。
あの日≠ゥら頻繁にとまではいかないが、松田ともたまに連絡はとっていた。
けどその内容に、なまえ≠フ名前が上がることはない。
自分で終わりだと松田に告げたんだ。
ヒロもあの日≠ゥらなまえのことを口にすることはなくなった。
そうだ、これでいい。
終わったんだ。自分に何度も言い聞かせてきた。
なまえのことがある前から、俺達は友人だったから。
久しぶりの同期との時間を楽しみながらも、心の隅に潜む真っ黒い感情は消えてはくれない。
俺はあの日≠ゥら今日までのなまえを知らないから。
松田と彼女が連絡をとっているのかも知らない。それを松田聞く権利なんて、俺にはないから。
「悪ぃ、電話だ」
松田はそう言うと携帯を耳元に当て、少しだけテーブルから体をずらした。
「そういえばこの前の事件で・・・」
隣で班長達と話すヒロの声が上手く頭に入ってこない。
賑やかな店内のせいで、松田の電話の相手の声なんて聞こえないけれど何となく嫌な予感がしたんだ。
「っ、はァ?!お前今どこいんの?!」
突然、声を荒らげた松田に会話を止めたヒロ達の視線が集まる。
「馬鹿!すぐ行くから絶対そこ動くな!」
そう言うと、ジャケットを羽織り萩原に一言声をかけ店を飛び出していく松田。
あんな風に焦るアイツを見ることなんてあまりないことだったから。
「一体どうしたんだ、松田の奴」
「陣平ちゃんがあんな焦るなんて珍しいな」
「とりあえず萩原の所に連絡があるまで待ってみようか」
口々に話すヒロ達を横目に、机の上に置いていた拳をぎゅっと強く握る。
そんな俺の様子に気付いたのは、隣にいたヒロだった。
「零?顔色悪いぞ、どうかしたのか?」
「・・・っ、いや、何でもない」
しばらくすると、萩原の携帯が鳴った。
「もしもし、一体何があったんだよ」
嫌な予感ってものは、いつも当たるんだ。
いや、そもそもこの感情をそんな言葉で表現するなんて俺が出来る立場じゃないか。
「なまえちゃん?今一緒なのか?」
久しぶりに聞くその名前。
どくん、と心臓が大きく跳ねる。
ヒロと班長の視線が萩原から俺に向けられるのを感じた。
「それはいいけど。まぁまた今度詳しく聞くよ」
電話を切った萩原は、目の前にあった残り少ないビールをごくりと飲み干し口を開いた。
「なまえちゃんからの電話だったっぽい。とりあえず何かあったとかではないってさ」
どこかピリついて重苦しい雰囲気が俺達を包む。
「事件じゃなかったなら、とりあえず良かったな!」
そんな雰囲気を振り払うように、笑う班長の声に上手く答えることができない。
握った拳の中で、手のひらに爪が突き刺さる。
「ねぇ、降谷ちゃん。行かなくていいの?」
「っ、」
いつも笑っていて明るい萩原の、こんな低い声を聞くのは初めてだった。
ゆっくりと顔を上げた俺を真っ直ぐに見る萩原。
「松田となまえちゃん、2人にしてていいの?」
「おい、萩原・・・」
「ヒロ、大丈夫だから」
咄嗟に萩原を止めようとした、ヒロの腕を掴み言葉を遮る。
「俺となまえはもう終わってる。今更アイツがどこで誰と一緒にいても関係ない」
「降谷・・・、そんな言い方は・・・」
困ったように眉を下げる班長。
終わったんだ・・・。これで、いいんだ・・・。
「そっか♪ じゃあもう何も言わねぇよ」
張り詰めていた雰囲気が嘘みたいに和らぎ、いつもと変わらない様子で萩原は笑った。
なまえが幸せならそれでいい。
例え隣にいるのが俺じゃなくても。
そう思っているはずなのに、
今頃、松田と一緒にいるであろうなまえを想像するだけで心臓を内側から握り潰されるような痛みとどす黒い怒りが全身を駆け巡った。
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