▽ 歪な夢に囚われて
陣平くんが私の家に来るのは、零くんと別れたあの日ぶりのことだった。
幸い、コンビニから家まで誰かがつけてくる気配はなかった。
1人になるのはまだ少しだけ怖くて、思わず陣平くんを引き止める。
「少し上がってく?」
「あぁ。久しぶりに走ったら疲れたしそうさせてもらう」
陣平くんが来てくれたことで油断していたんだと思う。
マンションのエントランスを一緒にくぐり、いつもみたいにポストの開けるためにダイヤルを回す。
ピザ屋のチラシや、ネイルサロンからのDM。公共料金の明細・・・。たった2.3日見なかっただけでもポストはいっぱいで、いらない広告達をすぐ隣にあるゴミ箱に捨てていく。
何枚かチラシを捨てると、真っ白な封筒が出てきて手が止まる。
宛名も、差出人もない。切手すら貼られていないそれは、手紙にしては厚みがあって。
「どうした?」
「これ、何かなって思って」
陣平くんが私の手元を覗き込む。そしてその真っ白な封筒を見ると、ぴくりと顔を顰めた。
すっと私の手からそれを取り上げると、そのまま私の腕を引く。
「貸せ。とりあえず部屋行くぞ」
「っ、うん」
どこかぴりぴりとした彼の雰囲気に押されるように、部屋に入った私達。
お茶を用意している間に、ソファに腰かけた陣平くんはその封筒を開けた。
「・・・・・それ・・・っ・・・」
「やっぱそうか。心当たりあるか?」
「っ、ないよ!誰がそんなこと・・・」
中から出てきたのは、たくさんの私の写真。
カメラ目線のものは1枚もなくて、全てどこかから隠し撮りしたみないなものばかり。
誰かにつけられてたようなあの気配は、気のせいなんかじゃなかったんだ。
誰かにこんな歪な好意を寄せられることをした覚えはないし、無条件に誰かの目にとまるほどモテるわけじゃない。
底知れない恐怖が私を包む。
「・・・・・・い、おい!なまえ」
「っ、」
「そんな顔すンな。大丈夫だから」
写真を雑にまとめ封筒に戻した陣平くんは、わしゃわしゃと私の頭を撫でる。
その手の温もりで少しだけ落ち着きを取り戻す心。
「・・・警察、相談した方がいいのかな」
「相談してもいいけど、せいぜいパトロールの強化くらいだろうな。この感じだと」
そういえば前にテレビで見たことがある。
警察はこういう時、実際に被害があるまであまり動けないって。
不審な気配とこの写真だけでは、きっと陣平くんの言う通りなんだろう。
「とりあえず今日は俺泊まってっていいか?」
「・・・っ、いいの?明日仕事は?」
「このままここから行く。あ、風呂だけ貸して。汗かいたから気持ち悪ぃ」
いつも通りの調子で話してくれるのは、きっと陣平くんの優しさで。
また私はそれに甘えてしまうんだ。
*
零くん以外の男の人が家に泊まりに来るなんて初めてだから。私が潰れた日に朝方まで陣平くんがいてくれた日のことは、記憶がないのでノーカウントだ。
最初こそストーカーへの恐怖で何も思わなかったけど、これって友達(仮)としてどうなんだろう。
しかも陣平くんは零くんの友達だ。
彼に下心なんてないのは分かっているし、私だって何かあるわけじゃないけど色々考えてしまう。
そんなに広くない私の部屋で、ドア1枚越しに響くシャワーの音。
何となくそれが少し気恥ずかしくて。
あ、待って。
陣平くんの着替えないじゃん。
生憎この家にお客様用パジャマなんてあるわけないし、私の部屋着を彼に着させるわけにもいかない。
ちらりとクローゼットに視線を向ける。
・・・・・・仕方ない、よね。
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