▽ 淡いココロ
ある日の仕事終わり。
いつもより残業をしたせいで、最寄り駅に着く頃には22時を過ぎていた。
金曜日ということもあり、人で賑わう駅前を抜け家までの道を歩く。徐々に人も疎らになり、街灯の間隔が広くなっていく路地。
コツン、コツン、と一定距離を開けてついてくる足音。
最初は偶然かと思った。
でもその足音は、私から付かず離れずの距離でついてくる。私が立ち止まると、その足音も止まる。歩き出すと、また足音が聞こえてくる。
ぞくり、と背中を嫌な汗が伝う。
家まではまだ少し距離がある。怖くなった私は近くにあったコンビニへと駆け込んだ。
「いらっしゃませ〜」
覇気のないコンビニ店員の声にほっと息を吐く。私の後に誰かコンビニに入ってくる気配はない。
どうしよう。警察には連絡する?・・・ううん、でも私の勘違いかもしれない。
「こんな時間まで仕事だったのか?帰り1人だと危ないだろ」いつだったか、私の帰りが遅いことを心配してくれていた零くんの言葉が頭を過ぎる。
・・・・・・バカみたい。今更そんなこと思い出したって・・・。
手に持っていた携帯を握る手に力が入る。
零くんは、私のことなんてもう心配してくれない。
そんなこと分かっているのに・・・っ、
気が付くと私は携帯で彼の電話番号を押していた。
『おかけになった電話番号は現在使われておりません。番号をもう一度ご確認の上、おかけ直・・・・・・』
分かっていたのに。
ずっと消すことの出来なかったその電話番号が彼に繋がることはない。
携帯を耳元から離すと、そのままだらりと腕を下げる。
「・・・・・・・・・零、くん・・・っ・・・」
震える声でその名前を呼んでみても、彼が返事をしてくれることはもうないんだ。
*
他に頼れる人がいなかった。きっとそんなのは、ただの言い訳かもしれない。
それでも他に誰も思い付かなかったんだ。
プルル、と繰り返されるコール音。
『もしもし。どした?』
3回目のコール音が途切れ、少し賑やかな周りの音に混じり聞こえてきたその声。
「・・・・・・陣平くん、?ごめん、急に」
きっと私は、陣平くんに甘えすぎていたよね。
それでもこの時の私は、陣平くん以外に誰も思い付かなかったんだ。
『何かあったのか?』
「仕事終わって今帰ってたんだけど、何か駅前から誰かがついてきてる気がして・・・」
『っ、はァ?!お前今どこいんの?!』
「家の近くのコンビニ。このまま走って家まで帰ろうかなって思ったんだけど、やっぱりちょっと怖くて」
『馬鹿!すぐ行くから絶対そこ動くな!』
それだけ言うと、ぷつん、と電話は切れた。
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