▽ 思い出に鍵をかける
私の生活から零くん≠ェいなくなった。
それでも時間は容赦なく流れていく。
朝起きたら仕事に行かなきゃいけないし、動けばお腹だって減る。夜になれば眠くもなるし、眠ればまた朝がくる。
こうやって時間ってものは、私の心なんて関係なく過ぎていくんだ。
*
「お前また痩せたんじゃねェの?」
「そうかな?ちゃんとご飯食べてるのに」
「ほら、とりあえず食え。あんまガリガリな女は男ウケ悪ぃぞ」
そう言って私のお皿に自分のお皿にあった餃子を入れたのは、陣平くんだった。
色気なんて1ミリもない商店街の一角にあるラーメン屋で、カウンター席に隣同士で座る私達。
零くんとの関係が終わりを告げて、3か月が過ぎた。
子供じゃないから、平気なフリ≠することはできる。そんな強がる私を支えてくれたのは陣平くんだった。
たまに連絡をくれる彼は、時間が合えばこうして食事に誘ってくれる。
友達≠ニ呼んでいいのかは分からないけれど、彼の優しさに救われていたのは間違いなかった。
「お前さ、いい加減その松田さん≠チて他人行儀な呼び方やめろよ」
そう言われたのは、1ヶ月ほど前だったと思う。
松田くん?陣平くん?それとも呼び捨て?
頭に浮かんだいくつかの選択肢。
零くんのことすら呼び捨てで呼んだことはなかったな、なんて弱い私が顔を覗かせる。
「じゃあ・・・・・・陣平くん?」
「ん、まぁそれでいいや」
部屋に置いてあったお揃いのマグカップは、食器棚の奥に片付けた。零くんの置いていった服は、紙袋にまとめてクローゼット隅の見えない場所に追いやった。
零くんからメッセージがくることはない。仕事終わりに彼が家にご飯を食べることはなくなった。
別れてすぐは1人きりの部屋で泣いていた私が、いつの間にか1人のベッドで眠れるようになった。
松田さん、って呼んでいた彼を、名前で呼ぶようになった。
時間の流れと共に変わっていくものはたくさんあった。
それでも不意に思い出すのは、やっぱり零くんの顔で。
好きな気持ちは、少しも風化してくれそうになかったんだ。
それでもこれ以上傷つきなくないって防衛本能が、零くんに縋り付きたいっていう子供みたいな私を押さえ込む。
あんな冷たい目で見られることには、耐えられそうにないから。
陣平くんは、あの日≠ゥら私に何も聞くことはない。
零くんを思い出して泣く日は、何も言わずただ隣にいるだけ。何を言われてもきっと私は受け入れられないから。
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