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※ 君ありて幸福 の夢主ちゃんと爆処組のお話です。未読の方はご注意ください。



深夜、そう呼ぶにはまだ少し早い。

ぽつり、ぽつりと間隔をあけて置かれた街灯が暗い路地を薄暗く照らしていた。


エアコンをつけていても、じんわりと嫌な汗が滲むこの季節。アイスでも買いにいこうとコンビニに向かった帰り道。そんな薄暗い路地を歩いていると、少し前に見知った姿を見つけた。


グレーのショートパンツに、だほついたTシャツ。緩くまとめられた髪が、ゆらゆらと揺れていた。


てかあのTシャツ、萩のやつじゃねぇーか。


萩の家に行った時にあいつが着ていたTシャツを、今はもう一人の幼馴染みがなんて事ないように着ている。その事実に心の中で舌打ちをする。


別に珍しいことじゃない。

学校帰りに萩原の家に寄ったあいつが、制服でいるのがしんどいとあいつの部屋着を借りてくつろいでいる姿なんて今まで何度も見てきた。


それでもなんとなく、面白くない。
このモヤモヤとした気持ちから逃げたくて、俺は前を歩く彼女に声をかけた。


「こんな時間にそんな格好でフラフラ出歩いてんじゃねぇーよ」
「っ、びっくりした。陣平ちゃんもコンビニ?」

背後から声をかけた俺に一瞬びくりとした彼女だったが、俺の顔を見ると表情を緩めた。


「暑すぎるからアイス買いに行ってた」
「これだけ暑いと冷たいもの食べたくなるよね。私も一緒」

右手に持っていたコンビニの袋をこっちに見せる彼女。そこには昔から彼女がよく食べていたソーダ味のアイス。


自然な流れで他愛もない話をしながら並び歩いていると、「あ!」と言った彼女が急に立ち止まり空を見上げた。


つられて立ち止まった俺も上を見上げる。
真っ暗な空。そこにはキラキラと輝く星。


「日付またいだら七夕だね」
「あぁ、たしかに。天気予報だと雨だって言ってたけどこの感じだと晴れそうだな」
「雨降らなくてよかった。あ、そうだ!せっかくだし公園でアイス食べて帰ろうよ!」


ちょうど俺達が足を止めたのは、ガキの頃よく遊んでいた公園の近く。俺の返事を待つことなく、彼女は公園へと入っていった。


普段は大人びてるくせに、不意に見せる子供みたいな仕草。良くいえば無邪気、悪くいえば我儘。まぁこいつがそうなった原因は、十中八九彼女をガキの頃から甘やかし続けた萩原だろう。


不思議と嫌な気はしなくて、彼女の背中を追い公園へと入る。


昔は広かったはずの公園が狭く感じるのは、俺達が少し大人になったからなんだろうか。



「陣平ちゃん!アイス食べよ!」
「へいへい。近所迷惑だからあんまりでけぇ声出すなよ」


ブランコへと腰掛けた彼女に呼ばれ、ブランコを囲うように設置された柵へと腰をかける。コンビニで買ったバニラ味のアイスを取り出すと、そのまま口に運ぶ。


「どれが織姫と彦星なのかな?」

同じくアイスを頬張っていた彼女が、夜空を見上げながらそう言った。


あいにく俺は星になんて詳しくないし、明日が七夕だってことすら忘れていたくらいだ。


「さぁ?あの辺の光ってるやつじゃねぇーの?」
「適当すぎる。まぁでも陣平ちゃんが星に詳しい方がびっくりするや」


ケラケラと笑う彼女は、夜空を見上げたまま。

その横顔が何故か笑っているはずなのに今にも消えそうに見えて、視線が逸らせなかった。


「晴れた日だったらあいつら会えるんだろ?」
「あいつらって、織姫と彦星?」
「そう。そんな話じゃなかったか?」

そんな自分が何故か小っ恥ずかしくて、話を逸らすようにそんなことを言った。

小学生の頃にそんな話を聞いたような気がする。



「うん。そうだよ。七夕は年に一回二人が会える日。雨だと会えないから、晴れてよかった」

そう言って柔らかく笑う彼女。



「年に一回しか会えないとか厳しすぎねぇ?」


仕事をサボったことが原因だとしても、好きな奴に年に一回しか会えないってのは辛いだろう。らしくもなくそんなことを口にした。


「年に一回でも会えないよりはいいんだと思うよ」
「そりゃそうだろうけど」
「一生会えなくなるより、年に一回でも会えたらそれで頑張れるんだと思う」


小さく吹いた風が彼女の髪の毛を揺らす。
星を見上げるその横顔はどこか悲しげだった。


なんでお前がそんな切なそうな声でそんなことを言うんだ?


織姫と彦星。
年に一回しか会えない彼ら。
けれどそれは物語の話だろう。


お前が表情を曇らせる理由はなんだ・・・?



「研ちゃんや陣平ちゃんと一生会えないくらいなら、年に一回でも会える方がいいもん」

けれど次の瞬間には、その悲しげな雰囲気消えていていつものように笑う彼女。


萩原なら表情が曇った理由を分かってやれるんだろうか。



「ばーか。こんだけ近くにいるんだから会おうと思ったら毎日でも会えるだろ」
「ふふっ、今はそうだね。ご近所さんだもん」


“今は”

じゃあこれからは離れていくのか?


そんなこと聞けるわけがなかった。

「あれ?二人とも何してんの?」

そんな時、公園の入口から聞き慣れた声がした。



「あ!研ちゃん!」

こちらへと駆け寄ってきた萩の姿を見ると、ぱっと笑う彼女。


萩の手にもコンビニの袋が握られていて、ちらりと見える袋の中にはあいつがいつも食べていたチョコ味のアイスがあった。


「暑すぎるからコンビニ行ってアイスでも買いに行こうと思ってさ。帰りにここ通ったら二人っぽい声がしたから寄ったんだ」
「みんな考えること一緒だね」


俺と彼女の手には食べ終わったアイスの棒が握られていて、それを見た萩は「俺も食べて帰ろ」とアイスを袋から取り出した。


「なぁ、お前どれが織姫と彦星か分かる?」
「陣平ちゃんがそんなこと聞くの珍しいじゃん。なになに、何かあったの?星とか興味あったっけ?」
「ねぇーよ。さっきこいつに聞かれただけ」

茶化されたことが恥ずかしくて、彼女の方を指さした。


「そういえば明日は七夕か。たしかあれが織姫で、あっちが彦星だったかな?」

さらっと答える萩。なんで知ってんだよ、こいつ。



そんな俺の心を読んだかのように、口の端をにっと上げながら笑う。


「女の子に聞かれた時に答えられるように、これくらいは知ってるべきでしょ」
「さすがだよ」

笑い合う俺達とは反対に彼女はじっと夜空を見上げたまま。それに気付いた萩が彼女の名前を呼ぶ。


「意外と近くにあるんだね、織姫と彦星って」
「星同士ってこうやって近くに見えてても、めちゃくちゃ離れてるらしいよ。だからあいつらにとっては明日会えることが特別なんじゃないかな?」
「近くて遠い・・・か。寂しいね、何だか」


彼女が小さく漕いだブランコが錆びた音を鳴らした。


俺の隣で柵にもたれていた萩原は立ち上がると、ブランコに座っていた彼女の前に腰を下ろした。


そしてそのまま彼女の頭へと手を伸ばし、くしゃりと髪を撫でた。


「明日は晴れだから二人は会えるよ」
「・・・うん、そうだね」
「それにお前には俺も松田もいる。だから寂しくない」


脈絡のないその言葉。
けれど彼女には理解出来たようで、萩原の顔を見て目尻を下げた。


「よーし!そろそろ暑いから帰ろーぜ!明日休みだし俺ん家で久しぶりに映画でも見るか!」
「賛成!怖いやつ以外にしてね」

立ち上がった萩に手を引かれ立ち上がった彼女。
そしてそのまま俺の肩に腕を回す萩。


ずっと一緒にいた俺達三人。
変わらないでほしい。変わりたくない。
居心地が良くて、そんなことを考えてしまう。


「ゴミ捨ててくるわ。二人のも一緒に捨ててくるよ」
「サンキュ」
「ありがと!」


ゴミ箱の方へと走っていく萩。
二人きりになると、公園の静けさが俺達を包んだ。





「変わらねぇーから、別に」
「え?」
「住む場所が離れることがあっても俺達が幼馴染みなことに変わらねぇーよ」
「陣平ちゃん・・・・・・」
「だから変な顔すんな。余計不細工になるぞ」
「っ、不細工ってひどい!陣平ちゃんの馬鹿!」


頬を膨らませながら俺の腕を叩く彼女。それを見て笑う俺。


この時間がずっと続けばいい。


七夕の星に、らしくもなくそんなことを願うのだった。


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