▽ 過去拍手SS
※ もし出会わなければ の番外編SSです。17話後のお話なので未読の方はご注意ください。
右手には誰もが聞いたことのあるであろう有名なチョコレート店の紙袋。左手には大型スーパーの名前が入ったビニール袋。
両手に荷物を抱えた私は、家に着くとその荷物をおろしテレビをつけた。
『いよいよ明日はバレンタインです!』
ニコニコとした女性アナウンサーが画面に映る。今からでも間に合うチョコレートレシピや、デートにおすすめだというレストラン。まさにバレンタイン一色といった内容だ。
「・・・よし、私も頑張ろ」
腕まくりをしながら立ち上がり、スーパーの袋を手にキッチンへと向かう。
それにしてもバレンタインに、手作りのものを贈るなんていつぶりだろうか。ボウルに刻んだチョコレートを入れながら考える。
最初は市販のものを買おうと思っていたのだ。机の上に置かれた紙袋に視線を向ける。間違いなく私が作るより美味しくてお洒落なそれは、日頃の感謝を込めて昴さんに用意したチョコレートだ。
すんなりと決まった昴さんへのチョコレートとは違い、降谷さんにあげるものはデパートの売り場をぐるぐると三周しても決まらなかった。
初めて一緒に過ごすバレンタイン。
やっぱり一番気持ちが伝わるのは手作りだと思い、急遽スーパーに材料を買いに走ったのが一時間前の出来事だ。
「なんかでも大量のチョコレート貰ってそう・・・」
頭によぎるのは、ポアロで女性客に囲まれた安室さんの姿。容易に想像できるその姿を、ぶるぶると首を振り頭から追い出した。
*
2月14日、バレンタイン当日。
仕事が休みなこともあり、昼過ぎまで惰眠を貪っていた私は玄関のチャイムの音で目を覚ました。
完全に開ききらない瞼を擦りながら携帯で時間を確認する。
「んっ・・・こんな時間に誰だろ・・・・・・。ってもうお昼過ぎてる?!やばい、寝過ぎた・・・」
慌ててインターホンのカメラを見ると、そこにいたのは数日ぶりに会う昴さんだった。
「こんにちは、今大丈夫ですか?」
「はい!大丈夫です!・・・・・・っ、ちょっとだけ待ってて下さい!」
まだ冷えるこの時期に、昴さんを外で待たせるわけにはいかない。急いで顔を洗い部屋着のカーディガンを羽織った私は、オートロックを解除し玄関の扉を開けた。
「おはようございます。どうやら起こしてしまったようですね、すいません」
「おはようございます。むしろ寝過ごしそうだったので、起こしてくれてありがとうございます。何かあったんですか?珈琲しかないですけどよかったらどうぞ」
「いえ、今日は渡したい物があっただけですよ」
昴さんは部屋に入ろうとはせず、後ろ手に持っていたそれを目の前に差し出した。
「わぁ!綺麗!」
「よかったら貰ってください。今日はバレンタインなので」
手渡されたのは、ピンクと白のカーネーションの花束。淡いピンクの包装紙で包まれたそれに、喜ばない女性はいないだろう。
「私も昴さんにチョコを用意してるんです!ちょっと待っててくださいね」
部屋に戻り昨日買っておいたチョコレート店の紙袋を手に再び玄関へと戻る。
「ハッピーバレンタイン!いつもありがとうございます」
「わざわざありがとうございます。帰ってからゆっくり食べますね」
「本当にあがっていかないんですか?」
「ええ。君の恋人に怒られるのは遠慮したいので」
そう言って悪戯な笑みを浮かべた昴さんは、ひらひらと手を振りながらエレベーターの方へと歩いていった。
昴さんから貰った花束を花瓶に生け、片付けや夕飯の用意をしているとあっという間に外は暗くなっていた。
そして7時を少しすぎた頃、玄関の扉がカチャリと開いた。
「遅くなって悪い」
「ちょうどご飯できたところだから大丈夫ですよ」
聞き慣れた声に返事をしながら振り返る。そしてその姿を視界に捉えた瞬間、やっぱり・・・と僅かに心が痛む。
部屋に入ってきた降谷さんの手には、小さいとはいえない紙袋。ちらりと紙袋から見えているいくつものリボンが中身がチョコレートだと教えてくれる。
「・・・・・・ポアロのお客さんからだ。別に何かあるわけじゃないぞ?」
「何もないのは分かってます」
そんな私の視線に気付いた降谷さんが、机の上に紙袋を置きながら私に近づいてくる。
何もないことはわかってる。
でもきっとそのチョコ達の中には、本命のものも含まれているわけで・・・。
「・・・ふっ、眉間に皺がよってる」
「よってないです!普段からこんな顔です」
「へぇ、初めて知った」
そう言って口の端に笑みを浮かべながら、ジャケットをハンガーにかけようとした降谷さんの動きがピタリと止まる。
彼の視線の先を辿ると、そこには生けたばかりのカーネーションの花束。
「あ、これ綺麗ですよね!昴さんがくれたんです」
「・・・・・・何?」
「バレンタインだからって。花束持ってきてくれるとかマメですよね」
「・・・・・・悪かったな、マメじゃなくて」
地雷を踏んだと気付いたときには、もう遅い。降谷さんの眉間にはぐっと皺がよっていて、その皺は先程までの私の比ではないだろう。
「別にそういうつもりで言ったわけじゃ・・・」
「・・・・・カーネーションか」
「え?」
「カーネーションの花言葉を知ってるか?」
花言葉・・・?
あいにく私は花言葉に詳しくはない。たしか花言葉って色によっても意味が変わるらしいし・・・。
考えてみたところで私の頭の中に答えはないので、近くにあった携帯を手に取る。けれど右手に持っていた携帯は、するりと降谷さんに奪われる。
「知らないなら調べなくていい」
「・・・・・・気になるじゃないですか」
「気にしなくていい。大した意味は無い」
「嘘つき。大した意味が無いなら教えてくださいよ」
「絶対嫌だ」
まるで不貞腐れた子供のようにソファに座る彼。肩肘をついてこちらから視線を逸らす彼は、どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。
この様子だと花言葉を教えてくれることは無いだろう。聞き出すことを諦めた私は、昨日作っておいたガトーショコラを手に隣に腰かける。
「はい、どうぞ。よかったら貰ってください」
「・・・・・・わざわざ作ったのか?」
「大したものじゃないですけど一応・・・。味の保証はできないですよ?たぶんあのチョコの山には負けます」
「あれは全部安室透宛のチョコだ。俺にくれたのはお前だけだよ。・・・・・・ありがとう」
一瞬優しく目尻を下げた降谷さん。けれどその笑顔はすぐにしかめっ面になり、なにやら口を開こうとしては閉じるを繰り返す。
「何か言いたいことがあるなら話してください。気になります」
「・・・・・・別に大したことじゃない」
「だったら話してください!はい、どうぞ!」
ぱん!っとてを叩くと諦めたように降谷さんが口を開いた。
「・・・・・・沖矢昴にも渡したのか?」
彼がぽつりと呟いた言葉に、自然と頬が緩む。自惚れじゃない。彼と過ごす時のなかで、それは十分に伝わっていた。
「チョコですか?あげましたよ?」
「・・・・・・へぇ」
露骨にテンションの下がるその姿に、思わず悪戯心が擽られる。ニヤけそうになる口元を抑えながら、彼の顔をのぞき込む。
「デパートでチョコレートフェアやってたんです。それで一番人気のチョコにしました」
「デパート?」
「はい。だから手作りは降谷さんだけですよ」
「・・・っ・・・」
普段顔色なんて変わることのない彼の頬が、ほんの僅かに赤みを帯びる。そんな姿を見れば私も笑みを隠すことができなくなるわけで・・・・・・。
「笑うな、馬鹿」
「ふふっ、笑ってないですよ」
「お前・・・・・・、さっき分かって言っただろう」
「何のことでしょう?」
他愛もないやり取り。まるでそれは普通の恋人同士のようで・・・・・・。
ぽすりとその広い肩にもたれると、しっかりと受け止めてくれる彼。何も言わずに頭を撫でてくれる温かたな手を手離したくないと思った、バレンタインの夜だった。
Happy Valentine's Day!
〜おまけ〜
翌日、目が覚めると隣に降谷さんの姿はなかった。時計を見ると短針が11を指す少し前。2日連続で寝過ごしてしまった・・・・・・。こんな時間まで彼がいるはずもなく、寂しい気持ちもあるけれど仕方ないと首を振る。
そのとき、ピンポンと玄関のチャイムが鳴る。
モニターを確認し、玄関を開けると近所の花屋さんのエプロンをしたお姉さんの姿。
「お届けものです」
「あ、ありがとうございます」
そう言って手渡されたのは、真っ赤な薔薇の花束。驚きながらもこんなことをするのは、朝方までここにいたであろう彼しか考えられなくて・・・。お姉さんからそれを受け取りリビングでその花束を改めて確認する。
40本の真っ赤な薔薇と、添えられた小さなメッセージカード。
《I send my special love to you.》
「・・・・・・ふふっ、らしくないんだから・・・」
安室さんならともかく、降谷さんらしくない行動に自然と目尻が下がる。花言葉に詳しくない私でも、赤い薔薇と本数の意味くらいは知っている。
あなたを愛しています。
真実の愛を誓います。
願わくば、これからも彼の隣にいられますように。
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