▽ 8-3
Another side
「・・・・・・生きていれば誰だって思い出したくない、消したい過去くらいありますよ」
この言葉は本当に彼女に向けたものだったんだろうか・・・。
過去に囚われているなまえさんが、自分と似ているように見えたのかもしれない。
失くしたものを数えても仕方ない。今あるもの、これから出会うものそれを大切にすべきだ・・・・・・、そんなのは所詮綺麗事だ。
「・・・・・・私はもう過去を思い出したくないとも、消したいとも思いません」
そんなことを考えていると、目の前に座る彼女が口を開いた。
「え?」
「ある人に言われたんです。過ごした時間全てが無駄になったわけじゃないって・・・、幸せだった時間まで否定しちゃいけないって」
そう言って笑うなまえさんは、今までとは違って憑き物が落ちたかのような晴れやかな表情だ。
「・・・・・・安室さんには忘れたい過去がありますか?」
またその瞳・・・。
俺の何を知ってるんだ・・・貴女は・・・。
悲しげで・・・、けれど同情とはまた違う。
目の前に座る彼女が自分に向ける感情が掴めない。
「さぁ、どうでしょう。もしかしたらあるのかもしれませんね」
にっこりと笑ってそう言うと、また悲しげに笑うなまえさん。
なんで貴女がそんな顔をするんだ・・・、理解できない感情に苛立ちすら覚える。
「いつか・・・・・」
慎重に言葉を選んでいるんだろうか、真剣な表情の彼女。
「いつか安室さんにもそう思える日がくるといいですね・・・。今の安室さんがいるのは、全部これまで過ごしてきた時間があるからだと思います。出会った人やモノを否定しないでください・・・」
「・・・・・・っ・・・」
「なんてこれは私の言葉じゃないんですけどね。ちょっとかっこつけちゃいました!」
きっとその言葉を彼女に贈ったのは沖矢昴だろう・・・。
たった一人のひと言でここまで前向きになれるものだろうか・・・。
くそっ・・・。こんなの俺らしくない。
「そうですね。そんな日がくればいいですね」
やっとの思いで絞り出した言葉は当たり障りのないものだった。
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