もし出会わなければ | ナノ
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▽ 8-2



「今日はお渡ししたいものがあったんですよ」

席に案内され対面に座り飲み物を注文し終えると、安室さんが何やら紙袋を私に手渡す。

なんだろう・・・、そう思いながら紙袋の中を覗くと一冊の本。


「あ、この本!もしかしてポアロに忘れてましたか?」
「ええ、また次に店にいらっしゃったときでいいかなとも思ったんですが・・・。随分と集中して読んでらっしゃたので早めに返そうかなと」
「わざわざありがとうございます!ずっと家の中を探してたんですよ」
「いえ、渡すのが遅くなってしまい申し訳ありませんでした」


最後にポアロに行ったあの日から安室さんは、ずっとこの本を持ってくれてたんだろうか。

私はそこでふと一つの可能性にいきあたる。


「・・・・・もしかしてあの日、本を渡そうと私のこと追いかけてくれたりしましたか?」


渡すのが遅くなり・・・、ということは彼がこの忘れ物に気付いたのは昨日今日の話ではないんだろう。


「・・・ええ、梓さんが片付けをしている時に忘れ物に気付いたのですぐ追いかけました」


やっぱり。
ということは泣いていたところを見られてしまったんだろうか・・・。


「あー、えっと・・・もしかして見ました?」


取り乱した姿を見られたかもしれないと恥ずかしさがこみ上げる。


「なまえさんが泣いていたところですか?それとも沖矢さんと一緒にいたところ?」
「・・・・・・どっちも見てたってことですね」
「そうですね、取り込み中だったようなので声をかけずに店に戻ったんです」


なるほど・・・・・。
確かにあの雰囲気じゃ声をかけずらいのは理解できる。


「お待たせしました!アイスティーとアイスコーヒーです」


そんな私達の会話を遮るように店員さんが飲み物をテーブルへと持ってくる。
お礼を言いながらそれを受け取り、口へと運ぶ。


「えっと・・・、せっかく追いかけてきてくれたのにお見苦しい所を見せてしまってごめんなさい」
「・・・・・・どうしてあの日泣いていたのか聞いても構いませんか?」


アイスコーヒーを飲んでいた安室さんが、それをテーブルへと置き私を見る。


今までの私ならきっと笑って話を誤魔化していただろう。
私が話を濁せば安室さんもきっとそれ以上深く聞いてくることはないはず。

けれど・・・・・・。


「・・・雨だったからです」
「え?」
「あの日、安室さんが私に聞きましたよね?好きなタイプの話」
「ええ、そうでしたね」
「その会話で少し昔のことを思い出しました。それで店を出ると雨が降っていた」
「・・・・・・雨にいい思い出がないと?」
「はい・・・」


まとまりのない言葉。けれど頭の回転の早い彼のことだ、私の言いたいことは理解してくれたんだろう。
申し訳なさそうに眉を下げ、口を開く。


「やっぱり立ち入ったことを聞いてしまったのが最初の原因ですね、すいません」
「安室さんが悪いんじゃないです。いつまでも過去を引きずっていた私が悪いんです」
「・・・・・・生きていれば誰だって思い出したくない、消したい過去くらいありますよ」


そう言うとどこか悲しげに笑う安室さん。


目の前に座る彼にとって思い出したくない過去とはなんなんだろう・・・。


幼い頃に出会ったあの女性?
同じ目標に向かって一緒に努力した友人?


それとも・・・・・・
救う事の出来なかった彼?


私なんかとは比べ物にならないくらいたくさんのモノを失っている彼の言葉はとても重く感じた。

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