捧げ物 | ナノ
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▽ 1-1



それは友人に誘われて隣町に新しくできたカフェにパンケーキを食べに行った帰り道の事だった。開店直後に店に訪れたにも関わらず、オープンしたてのその店は大盛況で一時間以上並んでやっとお目当てのパンケーキにありつけた。


ふわふわの生地に真っ白な生クリーム。待ち時間に見合うだけの美味しさに満足して店を後にした私と友人。彼女の買い物に付き合って街を歩いていると、すっと足が止まる。


私の視線の先には通りの向こうで親しげに腕を組んで歩く男女。日曜日ということもあり人は多いはずなのに、その二人だけが周りから切り離されたように私の視線を捉えて離さない。


「なまえ?どうかしたの?」
「っ、何でもないよ」

数歩先を歩く友人の声にハッとして、慌てて彼女に駆け寄る。


他愛もない話をしながらも頭から先程の光景が離れてくれない。


それは見間違えるはずのない零の姿。そしてその隣にはすらりとした綺麗な女性。


仕事だと。頭では理解していた。


それでもいざそれを目の当たりにするのは、頭で理解しているのとはまた話が違う。



たった数秒。零の腕に触れた知らない女の人の手。彼女を見る零の瞳。楽しげに笑う二人の横顔。


その全てが頭に焼き付いて離れてはくれなかった。







「ただいま」

時刻は深夜。ガチャリ、という音と共に聞こえてきたのは少し疲れた零の声。


ベッドに寝転びながら携帯を触っていた私の隣に、零が上着を脱ぎながら腰掛けた。


彼の髪からふわり、と香るのは私の知らないシャンプーの香り。


嫌な妄想が頭を過る。


そんな私に零が気付かないはずもなくて、黙ったままの私の顔を覗き込んだ。



「なまえ?」
「・・・・・・何?」
「なんで機嫌悪いんだよ。何かあったのか?」


零の馬鹿。


心の中で毒づいてみるけど、頭ではちゃんと分かってる。


零は何も悪くない。

全ては私の子供じみた嫉妬と、意地っ張りな性格のせい。



「・・・別に。何も怒ってないよ」


私の悪い癖だ。


察して欲しい。なんてこちら側の我儘でしかなくて。


何事にも真っ直ぐな零。昔から察する≠ニいうことが苦手で、ド直球な彼だったから。言わなくても分かって欲しいなんて私の勝手なエゴなんだ。



「じゃあ何でそんな機嫌悪いんだよ」
「普通だって。何もないってば」
「何もないって顔じゃないだろ」
「っ、しつこいなぁ。何でもないって!」


心配してくれてるって分かっているのに、私の口から出たのは棘のある言葉。


声を荒らげた私に零の眉間にも皺がよる。


昔から私と零は喧嘩が多かった。お互いに頑固だし思ったことを口にするから。回数は減ったといっても些細なことで喧嘩になるのは、付き合い出してからも変わらない。


「何だよ、その言い方」
「零がしつこいんじゃん。何もないって言ってるのに」
「何もないならあからさまに変な顔するなよ。何かあった感出してきてたのお前だろ」
「っ、」


その言葉にぷつん、と何かが切れた。


言うべきじゃないし、比べるべきじゃない。


そんなこと言われなくても分かってた。




「・・・・・・ヒロくんは私が何も言わなくても分かってくれたもん」


時計の音だけが響く寝室。ぽつり、と呟いたその言葉はすぐ隣にいた零の耳にもしっかりと届いたようで彼の顔が歪む。


しまった、と思った時にはもう遅い。


零の顔に怒りはなくて、ただ傷付けたということは手に取るように分かった。



「・・・っ、ごめ・・・「いいよ、謝らなくて。お前の言う通りだし」

一度口にした言葉は取り消せない。


そんなの小学生でも分かる当たり前のこと。謝ったところでなかったことにはならない。


零は悲しげに瞳を揺らすと、そのまま私から視線を逸らした。



「悪かったな、分かってやれなくて。景ならお前が何考えてるかすぐ分かってやれたんだろうな」
「・・・零・・・、」
「俺今日リビングで寝るわ。おやすみ」

立ち上がった零を引きとめようと伸ばした手は宙を掴む。


音をたてて閉まった寝室のドア。一人きりになった寝室に再び秒針の音だけが部屋に響く。


零とヒロくんを比べるなんて最低だ。


零はヒロくんとは違う。


それでも不器用な優しさで私を包んでくれていたことは分かっていたし、誰よりも大事にしてくれてることも理解していた。



それなのにさっきの一言は、間違いなく零を傷付けるもので。


後悔の二文字が胸を埋め尽くした。


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