捧げ物 | ナノ
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▽ 1-2



着替えることすら面倒に思えて、そのままソファに寝転ぶ。頭の中ではさっきのなまえの言葉が繰り返されていた。


「・・・・・・ヒロくんは私が何も言わなくても分かってくれたもん」


ギリっと無意識に奥歯を噛み締める。


そんなこと言われなくたって分かってる。どれだけ近くで二人を見てきたと思ってるんだ。



なまえの言う通り、景はいつもアイツの心の内を見透かすのが上手かった。


素直じゃないなまえが景にだけは素直に甘えてたのは、もちろんなまえの性格の問題もあるけれど景の甘やかし方が上手かったのもでかいと思う。


子供の頃みたいにぶつかることは少なくなったけど、それでも俺となまえの性格だと何かと喧嘩は多かった。それでもなまえの口からはっきりと景と俺を比べる言葉を聞いたのは初めてだったから。


それ≠ヘ想像以上に俺の心に深く突き刺さった。


ぼんやりと常夜灯だけが鈍く光るリビングで、目を閉じていても一向に眠気はこない。


なまえだってあんなこと勢いで言っただけだと頭では分かっていても、俺の方から寝室に戻りなまえの話をもう一度聞いてやれるほど優しくもなれなくて。


それでもいつもと違うなまえのことは気になる。


ぐるぐるとその相反する気持ちを消化しきれずにいると、小さな音をたててリビングのドアが開いた。


ソファの背もたれの方に体を向けているのでその表情こそ分からないが、なまえはそっとラグの上に腰を下ろした。


小さな手が俺の背中に触れる。


何も言わずにいると、そのままぽんと背中に重みがかかる。



「・・・・・・零、寝た?」

聞き逃してしまいそうなほど小さなその声。振り返ることはせず、そのまま「・・・起きてる」とだけ返す。


「ごめん・・・、さっきのこと。謝って済むなんて思ってないけど、ホントにごめん」
「・・・・・謝らなくていいって言ったろ。事実なんだし」
「っ、違うの。そんなこと思ってない・・・、」


なまえの声が震える。心做しか背中に触れる手も小さく震えているような気がして、思わず振り返った。


案の定、その大きな瞳には薄らと涙の膜が滲んでいて瞬きをすればその粒がこぼれ落ちそうだった。


・・・・・泣かせてどうすんだよ、と心の中でもう一人の俺がため息をつく。



泣かせたいわけじゃないのに。笑っていて欲しいのに。


どうしても素直じゃない俺達はぶつかってしまうことが多くて。



「・・・・・俺は景みたいにお前の気持ちを察してやるなんて出来ない」
「っ、」
「話してくれなきゃ分からないんだ。・・・何があった?」


素直になる、なんて言葉で言うのは簡単だ。


それでも長年培ってきた関係性や、自分達の性格。それは簡単にどうにかできるものじゃなくて。なまえがこうしてここに来るのも、こいつなりに色んな思いを抱えて来たということは察しがつく。


瞳の縁に溜まった涙をそっと拭うと、なまえは勢いよく俺の胸に飛び込んできた。


「っ、」
「・・・・・昼間、何してたの?」
「昼間?」
「仕事って分かってても他の人が零に触るとこなんか見たくなかった・・・っ、帰ってきたらいつもと違う匂いだし・・・、!」


片手でその体を受け止めると、そのままなまえはぐりぐりと頭を胸に埋めながらそう言った。


昼間・・・、匂い・・・。


あぁ、そういうことか。


辿り着いたのは一つの答え。



「仕事だよ。詳しくは言えないが彼女はただの依頼人。匂いがいつもと違うのは、その女性の香水がキツくてそのまま帰ってきたらお前が嫌な思いすると思って風見に会うついでにあっちでシャワー浴びて帰ってきたからだと思う」


距離の近い人だったから。一緒にいるうちにその香りが移ったことに気付いてシャワーを浴びたことが裏目にでてしまったらしい。


くしゃりとなまえの頭を撫でる。


「不安にさせてごめん。あの人とは誓って何もないから」

黙ったままのなまえ。まさか偶然とはいえ見られているとは思っていなかった。


仕事絡みのこととなれば、なまえが変な遠慮をして素直に言わない理由も察しがついた。


「・・・・・・もん」
「え?」
「楽しそうに笑ってたもん。あれは零の顔だった!」


零の顔って何だよ、それ。

うるうると瞳を潤ませながらそう言ったなまえ。


記憶を辿る。昼間のその女性との会話の中で俺が素で笑ったことがあったとするなら・・・・・、



「安室さんみたいに頼りになる人が恋人だと彼女さんは幸せですね」
「ははっ、そうだといいんですけどね」
「どんな人なのか気になるわ。きっと素敵な大人の女性なんでしょうね」
「素直じゃないし意地っ張りで子供みたいな人ですよ」
「あら、意外だわ。でも・・・、」
「・・・・・・?」
「そんな所がたまらなく好きなのね。ふふっ、そんな顔してる」



恋人の存在を隠す必要もなかったから、不意になまえの話になったあの時。俺があの女性に素≠見せた一瞬があるとするのなら、きっとそれは・・・、


「・・・・・・お前の話をしてた」
「・・・・・・え?」
「多分その時だと思う。なまえのこと話してたから、頭にお前の顔が浮かんで・・・」
「っ、」
「なんでお前が赤くなるんだよ。恥ずかしいのは俺の方だろ」
「だって・・・っ、」


あっという間に真っ赤になるなまえ。それにつられるように、照れくささが胸を覆う。


小さくため息をつくと、そのままなまえの体を強く抱き締めた。



「変な勘繰りも遠慮もするな。聞きたいことは聞いてくれたら答えるし、俺はお前以外興味なんてない」
「・・・・・・零・・・」
「ったく、だいたい何年好きだったと思ってるんだよ。今更他の女なんて目に入るわけないだろ」


腰に回された腕にぎゅっと力が入る。その小さな手がこんなにも愛おしくてたまらない。


顔を上げたなまえと視線が交わる。



「・・・・・・さっきはごめんね。比べるみたいなこと言って」
「比べるみたいじゃなくて、完全に比べてただろ」
「っ、ごめんなさい・・・」
「さっきも言ったけど、俺は景みたいにお前の気持ちを全部察するなんてできない。だけど分かりたいとは思ってる。だから何かあったら素直に話して欲しいんだ」


こくり、と腕の中で頷くなまえ。その顔を見たら全てを許せるんだから結局惚れたもん負けってのはことだろう。

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