捧げ物 | ナノ
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▽ 1-1



柔らかく笑うなまえが好きだった。


認めてしまえば、それはすとんと胸の中に落ちてくる。


自分のことよりも周りの人間のことばかり気にして、時には向こう見ずで突っ走る。


自分以外の人間の感情の機微には聡いくせに、自分の心の声には疎い。


いつも真っ直ぐに降谷君を想う彼女が俺は・・・・・・、







キンっと頭に響くような痛み。眉間に皺を寄せながら、ゆるゆると目を開ける。どうやら昨夜は飲みすぎてしまったらしい。

机の上には空になったバーボンのボトルと氷の溶けたロックグラス。


水を飲もうと体を起こそうとしたその時、腕にかかる重み。一人きりの部屋、慣れないその温もりを見た。


「・・・・・・んんっ、おはようございます」

むにゃむにゃとまだ眠そうな目を擦りながらこちらを見るなまえ。ベッドの中で小さく伸びると、温もりを求めるように俺の方に擦り寄ってくる。


「あぁ、おはよう」
「・・・・・・あと少しだけ・・・、このままがいいです」

ぎゅっと腰に回された細い腕。夢と現の間にいる彼女は、そのまままた目を閉じる。

水を飲むことを諦めた俺は、そのままなまえの髪に触れた。

指通りのいいその髪を梳いていると、眠っているはずのなまえが小さく笑う。


「・・・ふふっ」
「何だ、起きているのか」
「バレちゃいました?」

くすりと悪戯っぽく笑う彼女の瞳がこちらを見る。


こんな穏やかな朝はいつぶりだろうか。


血腥い日常とはかけ離れた陽だまりのような腕の中の存在。愛おしい、なんてらしくもない感情が胸の奥から顔を覗かせる。


なまえが俺を見るその瞳は、どこまでも優しくて慈愛に満ちたもの。それは俺がいつも心の奥で欲していたもので、どくんと心臓が大きく脈打つ。


「私の顔に何かついてますか?」
「・・・・・・いや、可愛いなと思っただけだ」
「っ、」

じっと顔を見つめる俺に不思議そうに首を傾げるなまえに、素直に気持ちを告げると一気に赤みを帯びるその頬。


出会った頃に比べて随分と分かりやすくなったものだ。


ファンです。と顔を真っ赤にしながら話していた彼女の姿を思い出し、くすりと笑いがこぼれた。


「赤井さん、変わりましたよね」

不意に呟かれたその言葉に、今度は俺が首を傾げる番だった。


「変わった?」
「出会ったばかりの頃より、笑ってくれることが多くなったと思います」
「・・・・・・」
「最初はどっちかって言うと無表情というか・・・、ちょっとクールな感じというか」

うまい言葉が思いつかないようで、小さく身振り手振りでそう話す姿が何だかおかしくて自然と目尻が下がる。


「最初からずっと優しかったけど、最近は特に柔らかく笑ってくれることが増えた気がします」
「・・・・・・そうか?」
「はい。赤井さんが笑っててくれると、私も嬉しいんです」


なまえの小さな手が俺の頬に触れる。

目尻をそっと撫でるように辿る細い指。


「少しだけ目尻が下がるところが好きです。それに・・・・・・、」
「それに?」
「・・・・・・私のこと、見つめてくれる目が優しいから」


自分で言っていて恥ずかしくなったのか、俺から目を逸らすとそのまま胸に顔を寄せた。

少しだけ赤くなった彼女の耳が髪の隙間からちらりと見える。そっとその耳に唇を寄せ、わざとらしいリップ音をたてる。


「・・・・・・お前だけだ」
「っ、?」
「優しい目とやらを俺がしているのなら、そんな風に見つめるのはお前だけだ」


顔を上げたなまえと視線が交わる。

耳から広がった赤が、彼女の頬を染める。



「なまえ、お前が好きだ」

それはずっと告げることのなかった言葉。



そう、それは告げることのない・・・・・・、




━━━━━━━━・・・・・・・・・

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━━━・・・・・・

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・・・・・・

・・・

・・

・・









「・・・・・・降谷君に殺されそうだな」

浮上した意識。最初に頭に浮かんだのは、顔を顰めながら怒る降谷君の顔だった。


キンっと頭に響くような痛み。机の上には空になったバーボンのボトルと氷の溶けたロックグラス。


一人目覚めたベッドの上で、先程まで見ていた夢を思い出す。


それは訪れることのない未来。

彼女は今日もあの青い瞳の男の腕の中で、その優しい瞳をそいつに向けるのだろう。


「・・・・・・・・・昨日は、深酒をしすぎたな」

らしくもないそんな感情は、きっとその酒のせいだ。


体につきまとう怠さを振り払うように、立ち上がりカーテンを開ける。


窓の向こうには腹が立つくらいの青い空が広がっていて、その青は嫌でも誰かを思い出させた。






お前の幸せを心から願うから。


どうか、どうか、いつまでも笑っていてくれ。


お前が笑っていられる限り、俺が君にこの気持ちを告げることはないのだから。




Fin


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