▽ 1-3
「さっきの約束って何?」
「・・・・・・?」
やって来たのは家の近くの居酒屋。何度も一緒に来たことのあるその店で、ちびちびオレンジジュースを飲んでいるなまえに尋ねる。何のことか分かんねェみたいなすっとぼけた顔にイラッとしつつ、目の前のビールに手を伸ばす。
なまえと萩の距離感もイラつくけど、それ以上に別れ際の萩の言葉が頭に引っかかって仕方ねェ。
しかもいつもなら俺の顔を見たら飛びついてくるなまえが今日はそれをしない。
居酒屋までの道だって、その手が俺に触れることはなかった。
普通といえば普通なんだろう。
それでもさっきの約束≠チて言葉と、いつもと違うなまえの様子が気になった。
「・・・・・何でも、ないよ?」
「お前って嘘つくとき、絶対目逸らすよな」
「っ、」
「言いたくねェなら別にいいけど。勝手にしろよ」
なまえは嘘をつくのが下手だから。
わざとらしく逸らされた視線に、思わずイラついたみたいな物言いになる。
いつもなら「陣平ごめんね!!!!」なんて泣きついてくるくせに、今日は1人で顔を顰めたり口を開こうとしては閉じたりを繰り返すだけ。
まじで何なんだよ、こいつ。
「でも女の子って何か小さなことで冷めたりするんだから、気をつけなさいよ」頭を過ぎった佐藤のそんな言葉。
なまえが冷めるなんてありえねェ。どうせまたバカなこと考えてるだけだ。
そう分かっているはずなのにふつふつと込み上げてくる苛立ちに混じる別の感情。それに思わず舌打ちがこぼれた。
*
怒ってる。めちゃくちゃ怒ってる。
家に帰ってからも陣平の機嫌は悪いまま。萩原の言葉を実行しているわけじゃないけど、とても今はいつもみたいに甘えて抱きつけるみたいな雰囲気じゃない。
「寝るわ」
「っ、私ももう寝る」
日付をまたぐ少し前。ソファで漫画を読んでいた陣平はそう言いながら寝室へ向かう。慌ててその背中を追いかけ、同じベッドに入るもぽっかりと空いた隙間。
いつも引っ付くのは私からだけど、こんな風に背中を向けられるなんてなかったから。
振り返ってくれない背中を見つめているだけで、目の奥がツンとなる。これ以上その背中を見ていたくなくてもぞもぞと寝返りして、そのまま陣平に背を向けた。
萩原のバカ。あほ。
枕元に置いてあるクマのぬいぐるみをぎゅっと抱き寄せながら、心の中で萩原に悪態をつくけど話に乗っかったのは私だ。
「自分から陣平ちゃんに好きって言ったり引っ付いたりすんの少しだけ我慢してみな。そうすれば面白い反応見れっから」萩原のあんな言葉に乗っかったことを死ぬほど後悔した。
次会ったら絶対文句言ってやる。
胸を埋め尽くす寂しさを、萩原への苛立ちに変換しようとするけどどうしても上手く出来なくて。
意地っ張りな私は、こういう状況になったら素直に謝ることが苦手だ。突き放されるのが怖いし、いつもなら伝えられる気持ちの伝え方が分からなくなる。
ぐにゃり、と視界が歪む。目の縁に溜まった涙があふれるまえに、ぎゅっとクマのぬいぐるみに顔を埋めた。
「っ、」
それでも1度溢れた涙は止まってくれなくて。背中を向けていても、溢れた嗚咽は静かな部屋に響く。
背中越しに聞こえた、陣平のだるそうなため息。それがまた涙腺を刺激する。
その時、背後で陣平が動く気配を感じた。
一緒に寝るのすら嫌になった?
昔喧嘩をした時、ソファで寝ようとした彼の姿が頭を過ぎる。
・・・・・・っ、そんなのやだ。無理。
私にとって陣平と一緒にいれる時間は何より大切で。同じ空間にいるのに、離れているなんて無理だから。
慌てて陣平を呼び止めようと、ぬいぐるみから顔を上げて振り返った。
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