番外編 ゼラニウム | ナノ
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▽ 1-4


ベッドに入ってからも、少しだけ距離をあけて背中を向けるなまえ。いつも抱きついてくるくせに、その腕の中には無駄にでかいクマのぬいぐるみ。



こうなると俺達は性格的になかなかどちらも話を切り出せないことなんて分かってる。



あぁ、イライラする。


それがなまえに向けたものなのか、自分に向けたものなのか分からない。



「っ、」



それでも静かな部屋に響いたその嗚咽を無視することはできなくて。


こんな時に優しく声をかけてやれる男なら良かったのかもしれない。でも俺はどうしてもそれは出来ねェから。


気がつくと溢れていたため息。

弾かれたみたいに振り返ったなまえの大きな瞳は、涙で潤んでいて。




「何泣いてんだよ、バカ」
「・・・っ、じんぺ・・・、ごめ、ん・・・」
「はぁ。何に対するごめんなのか全然分かんねェんだけど。何があったワケ?」


タガが外れたみたいにぼろぼろと涙を流すなまえ。指でその涙を雑に拭うと、そのまま頭を自分の胸元へと引き寄せる。


俺のTシャツを握り、そのままわんわんとガキみたいに泣くなまえ。腕の中にすっぽりと収まるその温もりに、欠けていた何かが埋まるような感覚。



「・・・私のこと、っ・・・気にして欲しかったの・・・っ、」
「は?どういう意味?」
「萩原が・・・っ、」




泣きじゃくるなまえの口から語られたのは、萩との秘密≠フ真相。


まぁ萩が考えそうなことだな、なんて呆れてため息がこぼれた。



「・・・寂しかった、陣平・・・怒ってるし・・・っ・・・!触れないのも、好きって言えないのも私が無理・・・っ・・・!!」


俺のTシャツがなまえの涙で濡れる。こうなるとこいつの感情の流れ方は分かりやすい。



泣くだけ泣いたあとは・・・・・・、




「っ、陣平が悪いもん!!!他の女見るのも嫌だし、私ばっかりヤキモチ妬いてるのもヤダ!!!」


まだ涙の残る瞳が俺を睨む。


まぁそりゃこうなるよな。泣くだけ泣いたらこいつは責任転嫁でブチ切れる。昔から全く変わらないその流れが、予想通りすぎて笑いそうにすらなる。



そう。

いつも通り≠フなまえに安心したんだ。


マジで拗ねた面倒くせぇガキだよな、こういうとこ。



「へいへい、俺が悪いのな。分かったよ、悪かった」
「っ、悪いと思ってないじゃん!謝って欲しいんじゃないもん!!」


いつの間にか立場逆転。

なまえはキャンキャンと俺に怒っていて。ぱくぱくと忙しく口がよく動くなぁとか、泣いたり怒ったりくるくるよく表情が変わるなぁとか、この場に似合わないことを考えてしまう。




私ばっかり


こいつはよくその言葉を口にする。

それは俺が長年こいつの気持ちを受け入れずに跳ね除けていた弊害なのかもしれない。


ふとした瞬間に、自分の気持ちと俺の気持ちを比べて不安定になる。



俺なりに好きだと伝えているし、こいつの癇癪はマジで面倒くさいと思う。それでもやっぱり放っておきなくないし、バカみたいな内容の話すらちゃんと聞きたいとは思うんだ。






「面倒臭い」
「っ、」


陣平の口から紡がれた言葉に、捲し立てていた口がピタリと止まる。


分かってる。
陣平は別に悪くない。
子供みたいな癇癪だって分かってるもん。


陣平はいつも私に向き合ってくれてる。
それでもやっぱり気持ちの差≠感じてしまうから。




止まっていたはずの涙が瞳を覆う。




「俺さ、面倒臭いことってすげェ嫌いなんだよ。わんわん泣かれるのも、理不尽にキレられるのも無理」
「・・・っ、」
「それでもこうやって話聞いて、その不安とかなくしてやりたいって思うのは相手がお前だから。他の奴ならとっくの昔に放り出してる」



ぶっきらぼうな物言い。でも抱き寄せられた腕の中は温かくて。少しだけ強い力で私の頭を胸元に引き寄せる。


そしてそのまま大きな手が私の頭をゆっくりと撫でた。





「なまえが思ってるより、俺はお前のこと見てるし気にもしてる。全部言わなくてもそれくらい分かれよ、バカ」
「・・・・・・うそ、」
「てか前から思ってたけど、お前は萩と無駄に距離近ェんだよ」
「萩原・・・?そんなの何も・・・っ、」
「分かってる。でもお前も同じだろ?何もなくても俺の傍に女がいたらうるせェじゃん」



眉間の皺を少しだけ深くした陣平と視線が交わる。


同じ


その言葉に心臓の音が早くなる。



「変な入れ知恵されて、試すようなことすンな。マジでムカつくから」
「・・・・・・不安になった?」
「ならねェよ。お前が俺のこと好きなのは嫌という程知ってる」



そりゃそうか。

何百回、何千回。
大袈裟じゃなくて、何度も気持ちは伝えているから。



「お前はバカみたいにキャンキャン騒いでる方がいい。じゃないと落ち着かねェから」


きっとそれは、陣平なりの精一杯の愛の言葉で。


ふっと口元に笑みを浮かべながら紡がれた言葉に、胸がきゅっと締め付けられる。




胸元のTシャツを掴んでいた手を解き、そのまま腰に腕を回す。強すぎるくらいにぎゅっと抱きつくと、「痛ぇよ」とぼそりと呟く陣平。



それがたまらなく愛おしくて。




「・・・っ、好き!大好き!めちゃくちゃ好き!!」
「知ってる」



呆れたみたいに笑うその顔が大好き。


伝えられなかった分の好き≠ェ溢れ出した。




────────────────



「あのバカに余計なこと吹き込んでんじゃねェよ」

喫煙所でばったりと会った陣平ちゃんは、そう言いながら口の端に咥えた煙草に火をつけた。


こりゃ一波乱あったんだろうなぁ。


「ははっ、なまえから聞いた?」
「泣くし怒るし面倒せェんだよ。余計なことすんな、マジで」
「想像できすぎる、その光景」

ケラケラと笑った俺をジト目で睨む陣平ちゃん。


あのなまえが陣平ちゃんに気持ちを伝えるのを我慢なんてできるわけない。陣平ちゃんだって素直になんて気持ちを伝えないだろう。


そんなことは分かっていたけど、まぁその少しの我慢≠熕w平ちゃんは堪えたようだ。


「いつもみたいに好きって言われなくなると不安になった?」
「・・・・・ならねェよ、別に」


嘘つき。
素直じゃない幼馴染みの姿にくすりと笑みがこぼれる。



「陣平ちゃんって嘘つくとき絶対目逸らすよな♪」
「っ、うっせー!」



面倒くさがり屋で短気なこの男が、なまえの癇癪にも我儘にも何だかんだ向き合っていることが何よりの気持ちの証拠だろう。



ホント、素直じゃない奴。


Fin


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