▽ 1-2
「だいじょぶです、1人で歩けるんで」
「いいっていいって!ほら、掴まって」
「っ、」
萩に聞いた居酒屋に近付くと聞こえてきたそんなやり取り。ただでさえイラついてるというのに、ヘラヘラした男がなまえの肩に触れていて無意識に眉間に皺が寄る。
何人かのスーツ姿の男女が店前で話し込んでいて、その中になまえはいた。
ふらつく足元と、いつもより赤みがかった頬。あいつの肩に触れてる男の下心しかない顔がムカついてしかたねェ。
「なまえ」
「っ、じん、ぺい?」
きょとん、とした顔のなまえと視線が交わる。
近くにいた男の腕をやんわりと払い、ぱたぱたと俺の方の駆け寄ってくるなまえ。
「なんで、」
「飲み過ぎだろ、馬鹿。もう帰れるのか?」
「う、うん。とりあえず解散ってなったからもう帰れるよ」
「じゃあさっさと帰るぞ」
ふらつくなまえの肩を抱き寄せ、そのまま近くを走っていたタクシーを停める。
タクシーの中でなまえは俺の肩に頭を預けたまま、俺の方を見ようとしない。
「おい、大丈夫か?」
「・・・・・・気持ち悪い、」
「もうちょっとで家着くから。それまで我慢しろ」
小さく、こくりと頷くなまえの顔色はいいとはいえない。
酒強くねェくせに飲み過ぎだ。てか周りも飲ませ過ぎだろ。
自分の目が届かない場所でのやり取りを想像して、思わずイラついた自分がいた。
*
陣平の声を聞いた瞬間、萩原が連絡したんだなってすぐに分かった。
どこか不機嫌そうな陣平を見て、疲れてるのにこんな時間に迎えにこさせてしまったことを申し訳なく思った。けれど陣平の顔を見て気が緩んだのも事実。
タクシーに乗ると、気持ち悪さで目の前がくらくらする。
陣平に支えられながら自分のマンションに帰ってくると、気持ち悪さは最高潮で。こんな姿を陣平に見せたことも相まって泣きそうな気持ちになる。
「・・・・・・陣平、ちょっと向こう行ってて」
「は?とりあえずトイレ行って吐いてこいって。水持ってくるから」
「・・・っ、」
玄関に入るなり、その場に座り込み陣平の足をリビングの方へと押しやる。
そんなヘロヘロの力で陣平がびくともするはずなくて、そのまま腕を引かれトイレに押し込まれる。
もう、ホントに最悪だ。
トイレに上半身を預け、項垂れているとガチャっと音を立ててドアが開く。
「ほら、水持ってきたから置いとくぞ」
「・・・っ、向こう行ってて・・・。こんなとこ見られたくない・・・っ」
「ンなこと言ってる場合かよ。さっさと吐けるだけ吐いちまえって」
「・・・・・・むり、吐けない」
トイレ抱えて座りんだ姿を好きな人に見れられるとか、新手の拷問か何かなのかな。まじで無理だ。
背中を摩ってくれる陣平の手の温もりが、惨めさを煽り涙腺を刺激する。
「指突っ込んででも吐いた方が絶対楽になるって」
「・・・・・・こわい、むり」
「ったく、しゃーねェな」
服の袖を捲った陣平の手が私の顔に近付く。嫌な予感がして、咄嗟に顔を背けようとしたけど力で勝てるはずもない。
口の中に入ってきた陣平の指が喉奥に触れる。
元々の気持ち悪さも相まって、生理的な涙が両眼からこぼれた。
・・・・・・・・・死にたい。この場から今すぐ消えたい。
この時の私は、本気でそう思った。
*
吐いて水を飲んだおかげもあってか、少しだけマシになったなまえの顔色。
けどその代わりあいつの機嫌は最悪で。ソファの隅で蹲ったまま「死にたい、もう無理・・・」なんて、ぶつぶつとうわ言のように呟いている。
「おい」
「っ、」
「シカトしてんじゃねェよ。こっち向け」
隣に座り、少し強引にその肩を引くと潤んだ瞳と視線が交わる。
「吐いたとこ見られたくらいで、そんなうじうじすンなよ」
「っ、するに決まってるじゃん!吐いたとこ見られたってか吐かされただし・・・。ただでさえ酔ってて化粧もよれて可愛くなかったのに・・・っ、よりにもよって陣平に見られるとか・・・」
「てかお前さ、萩に迎え頼んでンじゃねェよ」
「萩原なら別に可愛くないとこ見られても平気だもん」
なんていうか、こいつはホントにこういうとこズレてるよなっていつも思う。
可愛い可愛くないとか、そういう問題じゃねェだろ。
「じゃあお前は俺が酔っ払って帰れねェからって他の女に迎え頼んでもいいワケ?」
「っ、はぁ?無理に決まってんじゃん!てか誰に頼むの?そんなこと頼むような女いるの?!」
「いねェよ。だったらお前も俺以外の男、頼ってンじゃねェよ」
カッと目を見開き、俺の服の胸元を掴んできたなまえの額を軽く小突く。
「あと俺の目の届かないとこで、帰れなくなるまで飲むのはやめろ」
「っ、」
「てか別に会社の飲み会とか参加しなくてもいいんじゃね?」
これは俺のガキみたいな我儘だ。
俺だけ≠セったお前が、どんどん遠くにいくような気がしてたまに怖くなる。
無理だって分かってても、手の届く距離にずっといて欲しいって。
「・・・・・・ヤキモチ?」
「さぁな、知らね」
「〜〜っ、」
青くなったり、赤くなったり、ホント忙しい奴だ。
分かりやすすぎるその反応に、思わず笑みがこぼれる。
「もう飲み会行ってもお酒は飲まない。陣平にあんなとこ見られるとか絶対無理だもん」
「たしかにひでェ顔だったもんな。せっかくの取り柄が台無しだ」
「っ、やっぱりそう思ってたんだ・・・。無理・・・、吐いてるとこ見られたとかお嫁にいけない・・・」
冗談で言った言葉を真に受けて、なまえはまた俯きぶつぶつと何かを呟き始める。
・・・・・・ホントお前は馬鹿だよな。
今更そんなとこ見たくらいで嫌いになんかなるわけないだろ。
だいたいそれくらいで愛想尽かすなら、疲れてるのにわざわざ迎えに行ってねェっての。
「俺が嫁に貰うんだし関係なくね?」
「っ、」
「だいたいお前がプロポーズしろって言ったんじゃん、昔。自分で言って忘れたのか?」
「お、お、覚えてるもん!!!薔薇の花束持っ・・・・・・「馬鹿、思い出させんな。恥ずいわ」
あんなこと、お前が相手じゃなきゃ絶対にやらねェ。
今思い返しても恥ずくて死にそうになる。
柄にもないことをしてでも、手に入れたいと思ったお前だから。
「とりあえず今日はさっさと寝ろ。まだ本調子じゃねェだろうし」
「・・・・・・うん。一緒に寝てくれる?」
ぎゅっと抱きついてくるなまえが可愛くて、言葉を返す代わりにその頭をそっと撫でた。
Fin
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