▽ 1-2
米花シティービルの映画館のエントランス。
不貞腐れた私は、ひとりで映画を見にやってきていた。
開場時間までまだ30分ほどあるので、エレベーター近くのソファに腰掛けぼーっと予告の流れるテレビを眺めていた。
陣平のバカ。アホ。間抜け。なんて思いつく限りの悪口を頭の中で並べてみるも、モヤモヤとしたこの気持ちは消えてくれそうにない。
・・・・・・せっかくの誕生日だったのに。
陣平の誕生日は、私にとって何より大切な日だから。
生まれてきてくれて・・・、出会ってくれてありがとうって、伝えるつもりだったのに。
「・・・・・・喧嘩なんかするつもりなかったのに」
ぽつりと呟いた独り言が寂しく響く。
その時、鞄に入れていた携帯が鳴っているのに気付く。
映画館に入る前にマナーモードにしていたせいで、鳴り続けていたそれに気付かなかった。
「・・・・・・げ、」
そこに表示されていたのは、陣平の名前。
朝のこともあったから無視しようかな、なんて一瞬考えたけれど鳴り止まないそれは私を急かす。
「・・・・・・もしも・・・『なまえ!お前今家か?』
私の言葉を遮り怒鳴るように声を荒らげる陣平に、思わず眉間に皺が寄る。
「映画見に行くって言ったじゃん。ひとりで!!」
ひとり≠嫌味っぽく強調してみたけれど、電話の向こうの陣平はそんなの気にもしていないようだった。
『どこの映画館にいんだよ!』
「米花シティービルだけど・・・」
『っ、』
いつもとは違う陣平の声。ただ怒っているわけじゃない。それに気付いた私の声が、徐々に怒気が削がれていく。
『今すぐ外に出ろ!!!!』
こんなに焦った陣平の声を聞くのは、初めてだった。
その瞬間、辺りに響く轟音。ガラガラと何かが激しく音を立てて崩れていく。黒煙に包まれ、何も見えなくなった。
*
「なまえ!!!おい!!!返事しろ!!!なまえ!!」
電話越しに聞こえた爆発音。
血の気が引くってのは、まさにこんな感じなんだろう。
何度叫んでも電話の向こうからなまえの声が聞こえることはない。
「・・・松田、とにかく現場に向かうぞ」
「っ、あぁ」
萩の言葉に、ゆっくりと電話を耳元から離しポケットに入れる。
あんなのが最後なんてありえねェだろ。
大丈夫だ。アイツは殺したって死なねェような女だ。
だから大丈夫。大丈夫。大丈夫。
米花シティービルに向かうまでの車の中で、震える手を必死に押さえながらそう自分に言い聞かせた。
現場に着くと、既に安全確認が下りていて崩れたビル内へと入っていく。
爆発現場は、映画館と同じフロアにあるゲームセンターの一角だった。
今のところ新たな爆弾は見つかっていないらしい。
「おい、萩。あっち見てくるから頼むぞ」
「あぁ。無茶すんなよ」
黒煙が残るフロア。萩に声をかけ映画館のある場所へと向かう。
警察官がこんな私利私欲で動くなんてあっていいはずがない。
頭でそう分かっていても、アイツのことが気になってしかたねェ。こんなんじゃ爆弾を見つけても、落ち着いてバラすなんて無理だ。
映画館に向かう道は、崩れた壁で塞がれていてレスキュー隊が瓦礫を退けようとしているところだった。
「状況は?」
「中の状況は分かりません!ただ瓦礫が邪魔してこれ以上進めず・・・、今掘削機を持ってきて、」
「っ、ンなの待ってられっかよ!」
どこか、どこか瓦礫の隙間はないのか。
人ひとり通れる場所があればそれでいい。
辺りを見回すと、僅かに瓦礫の隙間が空いている場所を見つけた。
「っ、」
その隙間をこじ開けるように、素手で瓦礫を退かす。
「よし、これなら・・・っ、」
どうにかその隙間から映画館の中へと入ると、そこは黒煙こそ残るものの大きな倒壊はなさそうだった。
prev /
next