▽ 1-3
合鍵で家に入ると、いつも騒がしく玄関まで迎えに来るなまえの姿はない。
明かりのこぼれるリビングの扉を開け中に入る。
つけっぱなしになっているテレビからは、深夜の通販番組が流れていてソファの上にはクマのぬいぐるみを抱えて眠るなまえの姿があった。
静かに近付き、ラグの上に腰を下ろす。
てか何でコイツ俺の服着てんだ?
口を半開きにしてガキみたいな顔で眠るなまえ。そんなコイツが着ているのは、俺が泊まりに来た時によく着ているスウェットだった。
なまえが着るにはデカすぎるそれ。上だけスウェットで、下は何も履いていないもんだから白い足が露わになっていた。
・・・・・・やべェかも、これ。
そんなことを考えていると、閉ざされていたなまえの瞼がゆっくりと開く。
片手で目を擦りながら俺をじっと見るなまえ。
「・・・・・・じん、ぺい?」
「おう。ただいま」
「んっ・・・、夢?ホンモノ?」
「寝ぼけてんのかよ。夢じゃねェし」
ぱちぱちと何度か瞬きをすると目が覚めたのか、ばっと勢いよくなまえが抱きついてくる。
「っ、飛びつくなって」
毎度お決まりのパターン。流石にもう昔みたいに押し倒されることはなくなって、片手でその体を受け止める。
「寂しかったもん!でもちゃんといい子で待ってたよ・・・?」
「ん、そうだな。エライエライ」
「偉いと思ってないでしょ!いいもん・・・、どうせ寂しかったのは私だけだもん」
いじけた顔で頬を小さく膨らませたなまえは、ふん!とそっぽを向く。けれど腰に回された腕が解けることはなくて、その素直じゃない矛盾が可愛く思えた。
飛びついてきたせいで、なまえの着ていたスウェットの裾が持ち上がり太腿が露わになる。俺が着古していたそのスウェットの襟元は少し伸びていて、目線を下げるとそこから覗く鎖骨。
ぞくり、と身体が酒とは違う熱を帯びたのが分かった。
「何で俺のスウェット着てんの?」
「・・・・・・寂しかったから。陣平の匂いするから、これ着てたらちょっとでも近くに陣平がいるような気がして」
ごにょごにょと小さくなっていく語尾。真っ赤になったなまえは恥ずかしそうに両手で口元を隠す。
長すぎる袖からちらりと覗く爪は、この前までとは違って淡いピンク色に変わっていた。
「てか陣平、この匂いヤダ」
「匂い?」
「甘ったるい女の匂いがする」
俺の首元に顔を寄せたなまえは、すんすんと犬みたいに匂いを嗅いだかと思うと思いっきり顔を顰めた。
あの女の香水の匂いが移ったのか。
「ごめん。同期の奴が隣に座ってたからその匂いが移ったんだと思う」
「・・・・・・この前話してた女?」
「あぁ」
「可愛かった?その女」
ぎらり、となまえの瞳の奥で嫉妬の渦が覗く。
それが不思議と俺の中の熱を煽るんだから、そろそろ自分の感情ってやつがよく分からねェ。
でも不思議と悪い気はしなくて。
「お前のが可愛い」
きっと酒のせいだ。
たまには素直に言ってみるのもありだろう。
気が付くと、俺はなまえの頬に触れながらそう言っていた。
「っ、当たり前でしょ?!てか比べんな!!!陣平は私だけ見てたらいいの!!!」
まぁ、こうなるよな。
だって相手はなまえだ。
予想通りの展開に、思わず吹き出した俺を見てなまえの怒りは増したらしい。
「だいたい匂いが移るまで近付かれるとか無理!触られたの想像するだけで無理!ヤダ!!!」
「じゃあお前が上書きしてよ」
「・・・なっ、」
顔を近付けながらそう言うと、キャンキャンうるさかったなまえの顔がボン!と真っ赤になる。
「お前に早く会いたかったから急いで帰ってきたんだよ。そしたら俺の服着て、ンな足出して寝てるとか。誘ってる?」
「〜〜っ、」
「てことで、ベッド行こっか♪ なまえちゃん」
口をぱくぱくとさせるなまえ。からかいがいのある奴だと思う反面、込み上げてくる欲求を持て余しているのも事実。
好きな女のそんな格好を見て、何もしないでいられるほど俺は大人じゃねェ。
「っ、萩原みたいなこと言わないでよ!!!陣平のバカ!!」
「はァ?!?!お前萩にンなこと言われたことあるのかよ!!!!」
「ないけど、言いそうじゃん、萩原なら!!」
焦った。まじでビビらせんじゃねェよ。
有り得るはずのないその光景を想像するだけで、イラついちまうんだからやっぱり重症だ。
Fin
prev /
next