▽ 1-2
『仕事終わったから今から歓迎会。終わったらそっち帰るからいい子で待ってろよ』
そんな陣平からのメッセージを見るだけで、目の奥がツンとなる。
こんな日に限って定時で終わった仕事。1人で家にいるのが寂しいから香織を飲みに誘ってみたけれど、彼氏(仮)とのデートだって断られた。
泣く泣く帰ってきた家は、静かでがらんとしていて。
「寂しい寂しい寂しい!!!!」
いつだったか、陣平がゲーセンで取ってくれたクマのぬいぐるみ相手に叫んでみる。
少し汚れてよれたそのぬいぐるみは、つぶらな瞳で私を見るだけで何も返してはくれない。
今頃、陣平は楽しく飲んでるのかななんてちくりと痛む胸の奥。
私だって流石にもう子供じゃない。
頭ではちゃんと分かってる。
オトナになれば付き合いだってある。私だって今でも男は嫌いだけど、職場で学生の頃みたいに露骨に嫌な顔はしない。
飲み会だって3回に1回・・・、いや、5回に1回くらいはちゃんと参加している。
きっとそれは陣平も同じ。
多分、陣平は私のことをちゃんと好きって思ってくれている。
あの口下手で面倒くさがりの陣平が、怠そうにしながらも私の子供みたいな癇癪にはとことん付き合ってくれる。冷たい視線を向けることも、突き放すこともない。
少しだけ強引に抱き締めてくれる陣平の腕の中は、堪らなく幸せで大好きだっていつも思う。
それでも嫉妬心は抑えられないし、他の女なんか視界にも入れて欲しくない。
「・・・・・・・・・こんなんじゃいつかまた嫌われるのかな」
胸の奥で燻っていた不安を、ぽつりと言葉にするとそれは耳から脳へと広がっていった。
*
「陣平くんって元々爆処だったんだね!すごいなぁ〜」
俺と同じく捜査一課に移動になったその女は、猫撫で声で隣に座り距離を詰めてくる。砂糖菓子みたいな甘い匂いがふわりと鼻を掠める。
小動物みたいに小さくてふわふわしたその女は、男の多い捜査一課では癒しだなんだと騒がれているが俺からすれば面倒臭い以外の何物でもない。
てか話すのにこんなに距離詰める必要ねェだろ。ぴたりと腕に引っ付くその女からそっと身を引く。
今頃、なまえの奴何してんだろ。
飲み会の前に送ったメッセージには、変な顔したウサギのスタンプだけが返ってきていて、不貞腐れているであろうアイツの顔が目に浮かんだ。
そのウサギのスタンプから1時間半ほど経っただろうか。
ポケットに入れていた携帯が短く震えた。
隣で何かを言っている同期の女を無視して、携帯を開くとそこにはなまえからのメッセージ。
そこに表示されたのは、頬を膨らませたパンダが膝を抱えていじけてるスタンプがひとつ。
「・・・・・・ガキかよ」
思わずそんな言葉が笑みと共に溢れた。
アイツにしては頑張って我慢した方だ。きっとこのスタンプを送るのにも、めちゃくちゃ葛藤したんだろう。
1人きりの部屋でソファでいじけながら、これを送ってきたなまえの顔が目に浮かぶ。
「なになに〜?そんな優しい顔してるってことは彼女サン?」
「そ。てかアンタさっきから近い。ちょっと離れて。あと名前で呼ぶな」
「なっ、」
携帯を覗こうとしたその女をするりとかわし、少し離れた場所にいた佐藤の元へと向かう。
ビールジョッキを片手に唐揚げを摘むその姿は、さっきの小動物よりは幾分かマシだ。
「なぁ、」
「どうしたの?」
「この飲み会ってまだ長引くやつか?」
「どうかしら・・・。明日仕事の人もいるし、いつも適当なところで皆それぞれ抜けて残ったメンツで二次会行く流れなのよね。何か予定でもあるの?」
「あー、まぁそんなとこ」
「あらそう。いい時間だし目暮警部達には私から話しといてあげるから帰っていいわよ?」
「サンキュ、助かるわ」
近くにいた奴らに簡単に挨拶をして、店の外に出た俺はタクシーを捕まえる。
久々に飲んだ酒のせいで少しだけ熱を持った体が、外の冷たい空気ですっと冷やされて気持ちがいい。
「どちらまで?」
「××駅の近くなんで、近くまで行ったらまた言うっす」
運転手に告げたのは、なまえの最寄り駅だった。
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