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※ 夢主以外の女の子sideのお話なので苦手な方はご注意ください。他の短編と時系列的に少し矛盾があるかもしれないのでご了承ください。
その日、珍しく講義を休んだなまえ。
『久しぶりに熱出たから休む。ランチ行く約束してたのにごめん』
昼前に彼女から届いたメッセージ。
どうやら風邪を引いて寝込んでいるらしい。
夕方、授業を終えた私は彼女の様子が気になり電話をかけた。
『ごほっ、もしもし・・・?』
「もしもし、大丈夫?喋るの辛かったらメッセージ送るわ、ごめん!」
『大丈夫だよ。ちょっと咳出るだけ・・・っ、』
うーん、大丈夫そうには聞こえない・・・。
いつもより掠れた声に心配が増す。
「今家一人なの?」
『うん、横になってたとこ』
「授業終わったしなんか買っていくよ。萩原先輩は仕事?」
『夜まで仕事って言ってた・・・っ、ごほごほ!めっちゃ助かる、ありがと』
電話を切った私は、ドラッグストアに寄って薬や栄養ドリンクを買うとそのままなまえの家に向かった。
*
「ありがと。ごめんね、今日約束してたのに」
「いいよ、そんなの。とりあえずなまえは寝ときなよ。薬ちゃんと飲んだ?」
部屋に入るなり申し訳なさそうに眉を下げるなまえをベッドの方に押しやる。
ベッドの横のサイドボードに置かれた風邪薬とスポーツドリンクを指さすなまえ。
「飲んだ」
「よかった。てかちゃんと薬とか常備してるんだ。私なんか家に何もないよ」
「んーん、休憩時間に研ちゃんが買ってきてくれたやつ」
あ、なるほど。
ていうか警察官って忙しいんじゃないの?
そんな仕事の合間にわざわざなまえの様子見に来るって・・・、と考えてみたけれど、まぁ萩原先輩ならしそうだよなぁなんて納得してしまう。
「相変わらず愛されてんねぇ」
口元まで布団を被るなまえにそう呟くと、彼女は少しだけ目を細めて笑った。
「ゼリーとか買ってきたからあとで食べなよ。お粥とか作ろうか?」
「ううん、大丈夫。色々ありがとね」
ふるふると首を振るなまえ。あまり長居しても負担になるだろう。
素直に帰ろうと腰を上げた私。
そのとき、ガチャリと玄関の扉が開く音がした。
近付いてくる足音。
寝室の扉が開く。
「あれ、......ちゃん来てくれてたんだ」
そこにいたのは、仕事終わりらしき萩原先輩。彼の手にはスーパーの袋が握られていた。
私の存在に少し驚いた様子の彼だったが、すぐにいつも通りの優しい顔で笑う。
「なまえ、熱どう?少しは下がった?」
「・・・ん。こほっ、平気。研ちゃん仕事は?」
「急いで終わらせてきた。大丈夫だから気にすんな」
ベッド脇に腰をおろした萩原先輩は、そう言いながらなまえの髪を撫でる。
なんていうか、ホントに優しい人だよなぁ。
なまえを見る萩原先輩の目はいつも優しくて。何度も近くでそれを見ても慣れることはなくて、羨ましいなぁなんて思ってしまう。
萩原先輩が帰ってきたならこれ以上ここにいる理由もないだろう。
立ち上がった私を見て、なまえは萩原先輩の服の袖を引く。
「もう外暗いし、……のこと送ってあげて?」
「大丈夫だよ!電車で帰れるし!」
慌てて首を振った私を見て、立ち上がった萩原先輩が口を開く。
「杯戸町だったよね?近くだし気にしなくていいよ」
机の上に置きっぱなしになっていた車の鍵をとると、萩原先輩がなまえの方を振り返る。
「なんか欲しいものある?」
「・・・・・りんご、」
「ははっ、それはもう買ってきてる。ガキの頃から熱出たらお前果物欲しがるもん」
「ありがと」
萩原先輩が買ってきたスーパーの袋から覗く真っ赤なりんご。
そこに積み上げてきた二人の時間を感じた。
*
「はい、どーぞ」
「ありがとうございます」
当たり前のように後部座席のドアを開けてくれる萩原先輩は、やっぱりデキる男だなぁと思う。
そこにわざとらしさもなくて、多分これが彼の中で当たり前なんだろう。
そんなことを考えているとバックミラー越しに視線が交わる。
「萩原先輩ってモテそうですよね」
「ははっ、急にどうしたの」
突拍子もない私の発言も笑顔で受け止めてくれる。
「まぁたしかに好きって言ってくれる子はたくさんいたかもしれないね」
きっと昔から彼はこうなんだろう。
優しくて紳士的で、女の子の理想みたいな人。
「なまえ以外の子に惹かれたりしなかったんですか?」
「ないね。なまえだけかなぁ、俺にとって特別なのは」
即答、か。
思わずくすりと笑みがこぼれた。
「あーあ、二人見てたら私も彼氏欲しくなりました」
「……ちゃんならすぐ良い人見つかるよ」
「そのときは四人でデートしましょうね」
「ははっ、喜んで」
気が付くと車は私のマンションの近くまでやって来ていた。
「あ、あのマンションなんでここで大丈夫です」
そう言って車を停めてもらい、ドアを開ける。
運転席の窓が開き、萩原先輩がひらひらと手を振る。
「ありがとね、見舞いに来てくれて」
「こちらこそわざわざ送ってもらってすいません」
小さく頭を下げると、そのまま背を向けマンションのエントランスをくぐる。
ちらりと振り返ると、車は停まったままで。きっと私がマンションに入るのを見届けてから帰るんだろう。
「・・・・・・アレはやっぱモテるだろうな」
当たり前にそれをやる彼はやっぱりすごい。
ふっとこぼれた笑みとともにエレベーターのボタンを押す。
部屋のあるフロアにたどり着き、下を覗くとそこにはもう車はなかった。
きっと彼は、なまえに頼まれたからその役目を果たしただけのこと。
あの人の全ての基準は、なまえだから。
「あーあ、そろそろ真剣に彼氏探そっと」
一人きりの部屋にそんな私の呟きが響くのだった。
────────────────
「りんご剥けたけど食べる?」
「ん、食べる」
熱のせいかいつもより潤んだ瞳でこちらを見るなまえ。
体を起こしてやると、何かを考え込むような仕草を見せる。
「どした?」
「っ、こほ!なんでもない・・・」
肩を抱こうとした俺の胸をなまえは両手で弱々しく押すと、距離を取ろうとする。
ふいっと背けた顔。
あぁ、なるほど。
「なまえ、おいで?」
「・・・・・・風邪うつるもん」
「大丈夫、そんなヤワじゃないから。ほーら、いい子だから」
少しだけ強引に腕を引くと、すっぽりと胸の中に収まるいつもより熱い体。
普段から甘えたなところがあるなまえ。昔から熱が出るとそれに拍車がかかる。
仕事もある俺に移すわけにいかないと、変なところで遠慮したんだろう。
「可愛いな、ホントお前は」
ぴったりと胸元にくっ付くなまえの髪を撫でながら、その頭に口付けを落とした。
Fin
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