▽ 1-1
「それで怪しいなって思って携帯見たらやっぱり他の女の子と連絡とっててさ。内容的に完全ヤってるし・・・・・・。ホントありえない!」
ある日の昼下がり。
大学内にあるカフェで、ヒロくんの授業が終わるのを待っていると顔を顰めた友人が話を聞いて欲しいと向かいの席に座った。
どうやら高校時代から付き合っていた彼氏の浮気が発覚し、昨日別れたらしい。
悲しみももちろんあるんだろうが、今は怒りが勝っているようでキッっとその綺麗な顔に皺がよる。
「最近私とマンネリ気味でたまたまバイト先の後輩に誘われたからとか言ってたけどさ、そもそも彼女いるなら誘われても断れよ!って感じじゃん!どっちから誘ったとか関係ないし」
「たしかにそれはそうだよね。誘いに乗る時点でアウト」
「でしょ?ホントあんな奴に私の青春捧げたと思うとムカつく!」
はぁ、と盛大なため息をつきながら机に項垂れる彼女の頭をそっと撫でる。
怒りでいっぱいだった瞳が僅かに揺らぐ。
長く付き合ってた相手だ。悲しくないわけがない。
「・・・・・・ホント、ムカつく」
強がっていないと涙が溢れてしまうから。薄らと涙を浮かべた彼女だったけど、すぐにそれを拭った。
「絶対もっといい男見つけてやるんだから!来週合コン、セッティングしてもらったし!」
「……ならいい人見つかるよ」
「聞いてくれてありがとね、なまえ」
切り替えて前に進もうとするその背中を押すと、潤んだ瞳で笑う彼女。
その時、机の上に置いてきた携帯が短く鳴る。届いたメッセージはヒロくんからだった。
『外で待ってる』
カフェの外を見ると、授業を終えたヒロくんが友達と談笑してるのが目に入る。
私の視線に気付いたヒロくんがひらひらと手を振る。
「相変わらず仲良いよね、諸伏先輩となまえ。もう付き合って何年だっけ?」
「私が高1のころからだから・・・・・・、5年?かな」
「しかも幼馴染みなんでしょ?一緒にいる期間でいったら相当長くない?」
「長野と東京で離れてた期間もあるけど、小学校の頃からの知ってるからもう10年以上だね」
飲みかけのカフェラテを飲み干しながら、懐かしい記憶に思いを馳せる。
改めて言葉にすると、ヒロくんに出会ってもうそんなに経つんだなぁ・・・ってしみじみとその時間の長さを感じる。
「諸伏先輩の場合は大丈夫だと思うけど、ちゃんと見張っときなよ」
友人の言葉に小さく首を傾げる。彼女はヒロくんのいる方を指さした。
そこにはさっきまでいたヒロくんの男友達に混じって彼に話しかける女の人の姿。
それは何度も昔から見たことのある光景。
優しいヒロくんに好意を寄せる人は、少なくなかったから。
「諸伏先輩って優しいし、押せ押せでがっつく女もいるんだから」
「あはは、まぁでもヒロくんは大丈夫だよ」
「なまえって諸伏先輩の携帯とか見たことあるの?」
オレンジジュースを飲み干した彼女は、伝票を持ち立ち上がりながら言う。その言葉に私が首を振ると、ぴしっと人差し指を立てた。
「変なのが寄ってきてないかチェックするのも大事だからね!男なんて迫られたらコロッていく人が多いんだから」
そこに決して嫌味な響きはなくて、私のことを心配してくれているんだろう。そんな彼女の言葉を無下にはできなくて曖昧に笑って濁した。
会計を済ませた私達はカフェを出た。
まだ授業がある彼女と別れ、ヒロくんの元へと向かう。
ヒロくんは友達の集団から離れ、私の元へと駆け寄ってくる。
「待たせてごめんね。零は一緒じゃないの?」
「大丈夫だよ。零は午後も授業なんだ」
2人で並び歩きながら他愛もない話をする。
今日あった授業の話。友達の話。昨日のテレビの話。私の話をに優しい笑顔で聞いてくれるヒロくん。
ゆったりと流れるこの時間が好きだ。
繋がれた手から感じる体温が心地よくて自然と目尻が下がった。
*
何度も遊びに来たヒロくんの部屋で、ソファに寝転びながら読みかけだった漫画に手を伸ばした。
隣で大学の課題を始めたヒロくん。ノートパソコンに向き合う彼をちらりと見る。
真剣なその横顔がたまらなくカッコよくて、何年一緒にいたって見惚れてしまう。
その時、ふと目に止まったのは机の上に置かれたヒロくんの携帯。
頭を過ぎるのは昼間の友人の言葉。
ヒロくんに限ってありえない。
頭ではそう分かっているのに、1度気になり始めるとぐるぐると巡る嫌な妄想。
こっそり携帯を見る?・・・・・・いや、絶対ダメ。そんなことしたくない。
読みかけの漫画の内容なんて全く頭に入ってこなかった。
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