▽ 1-2
黙ったまま駐車場へと向かう零くん。私の腕を引くその横顔はやっぱり少し不機嫌で。目の下にうっすらと浮かぶクマから彼の疲れが窺い知れた。
扉を閉めると零くんは何も言わず私の体を抱き寄せた。
背中と頭に回された腕にぎゅっと力が込められる。
頭の横に埋められた彼の髪にそっと触れる。ぴくり、と跳ねた肩。けれどその手は振り払われることなんてなくて、そっと指で髪を梳く。
怒っているわけじゃない。
きっとこれは・・・・・・、
「零くん」
「・・・・・・」
「れーくん」
「・・・・・・」
「零?」
やっと交わった視線。
澄んだ青い瞳の奥に滲むのは、怒りなんかじゃない。
少しの不機嫌と、置いていかれた子供みたいな不安定さ。
もう一度その頭を撫でる。
「一緒に帰ろっか」
「・・・・・・ん」
背中に回された腕に少しだけ力が入る。そしてゆるゆると解かれた腕。
小さく頷く姿がたまらなく愛おしく思えた。
*
「おかえり、お仕事お疲れ様」
部屋に入ると、なまえはそう言って俺のことを抱きしめた。
穏やかなその口調と笑みは、いとも簡単に俺の体から毒気を抜いてしまう。
別に元々怒っていたわけじゃない。
たしかにいい気はしないが、赤井に電話をした時点で、あいつが体調を崩していることは分かった。そんなあいつをなまえが放っておけるはずもない。
ただ今日は無性に・・・・・・、
「会いたかった・・・・・・」
ぽつりとこぼれた本音。
たった二日。
もっと会えなかったことだってあるというのに、何故か今日はたまらなくなまえの存在が恋しくて仕方なかったんだ。
*
こんな風に彼が弱さを見せて甘えるのは、きっと私の前だけ。
それがこんなにも嬉しくて。同じくらい愛おしい。
「私も会いたかったよ」
「・・・・・山積みの書類はなかなか終わらないし」
「うん」
「早く帰りたいから寝ずに仕事してたら風見には注意されるし」
「それは風見さんも零くんのこと心配してるからだよ」
「やっと会えると思って帰ってきたらなまえはいなくて。しかもよりによってあいつと一緒なんて・・・」
「ごめんね。しんどそうだったから放っておけなかった」
ぽつり、またぽつりと。
彼の口から溢れる気持ち。
「分かってるんだ、頭では」
今度は零くんの手が私の髪を撫で頬に触れる。
「あいつのことを放っておけないる気持ちも。こんなの俺の我儘だってことも」
「・・・・・・我儘なんかじゃないよ?」
「なまえ・・・」
「私も寂しかったし、零くんに会いたかっ・・・・・・ん・・・っ・・・!」
その言葉の先は零くんの唇によって奪われる。
何度も角度を変えて重なる唇。酸素を欲して開いたその隙間。そこから口内に割って入る舌がそれを許してはくれなかった。
*
疲れだとか、眠気だとか。
そんなものはなまえの色香を帯びた声を聞いた瞬間、どこかに消え失せた。
甘い吐息の洩れるその唇を堪能し、そっと離れると潤んだ瞳でこちらを見上げるなまえと視線が交わる。
「零くん、疲れてるでしょ?今日は休も・・・?」
気遣うようなその視線。俺の目の下のクマにそっとその指が触れる。
そんな彼女の気持ちが嬉しくて。でも我慢なんてできるわけがなかった。
「っ、きゃ!」
「二日もなまえに触れてないんだ。このまま寝るなんて無理だな」
そっとその体を抱き上げ、そのまま足で寝室の扉を開ける。
綺麗に整えられていたベッドに彼女をおろし、その上に跨るとスプリングの軋む音が部屋に響く。
二人きりの部屋。
お互いの瞳に映るのは、目の前のその存在だけ。
それがたまらなく嬉しくて。
胸の奥の足りなかった部分が、満たされるような気がした。
Fin
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