番外編 もし出会 | ナノ
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▽ 1-1



珍しくなんの予定がなく、ゆったりとした時間をなまえの家で過ごしていたそんなある日のこと。



毎朝の日課となっているトレーニングを終え、タオルで汗を拭いながらなまえの待つ部屋に帰る。

時計の針はまだ八時を少し過ぎたところ。

まだ眠っているであろうなまえを起こすのも可哀想だと思い、そっと寝室のドアを開ける。



「・・・・・んっ・・・」
「悪い、起こしたな」

その僅かな物音で目を覚ました彼女が眠たげな目を擦りながら布団から顔を覗かせた。


いつもより重たそうな瞼。うとうとと夢うつつな彼女のとろんとした瞳が俺を視界にとらえる。


「・・・おはよ、れーくん」
「おはよ。休みだしもう少し寝るか?」
「ん」


まだ眠たいんだろう。彼女はこくり、と頷く何も言わず両手をこちらに伸ばした。


その手に吸い寄せられるようにベッドの脇に腰かけ、寝癖で少し跳ねた柔らかい髪を撫でる。


「・・・・・ぎゅってして?」

寝起きのせいでいつもより少しだけ高いなまえの体温。甘えるようにぽすりと俺の胸に体を預けてくる。


今にも寝落ちしそうな瞳が、とろんと上目遣いでこちらを見る。


「走ってきたばっかりだから汗かいてるんだ。シャワー浴びてくるから少し待ってくれないか?」
「・・・・・・やだ。今がいい」


その体を離そうと肩に手を置くと、彼女の腕がぎゅっと俺の腰に回される。

さすがに好きな女に汗臭いなんて思われるのは嫌だし、男でもそのあたりは気になるもの。


いつも聞き分けがよすぎるくらいのなまえだが、どうやら今日は違うらしい。


ぐりぐりと胸に頭を擦り付けると、そのままぺたりと引っ付いてくる。



可愛い。・・・・・・しかないだろ、これ。


思わず心の声がこぼれそうになり、慌てて口元を手で隠す。


そんな俺を見て何を勘違いしたのか、不安げに瞳を揺らす彼女と視線が交わる。


「わたしが引っ付くのいや?」
「っ、嫌なわけないだろ」
「ふふっ、よかったぁ」

慌てて否定すると、ふにゃりとその表情が緩む。


普段からこんな風に甘えてくれていいのに。


気を遣いすぎるなまえは、いつも俺のことばかり気にしてなかなか素直に甘えてはくれない。


それこそ酒に酔った時か、こうしてゆっくりと時間のある朝くらいのこと。


「すぐ戻るから、少しだけ待ってて」
「・・・・・・ん、わかった」

このままだとその可愛さに負けてしまいそうで、ぽんっと頭を撫で立ち上がる。彼女が頷いたのを確認するとそのまま風呂へと向かった。


シャワーを浴びた俺はそのまま濡れた髪をタオルで拭きながら再び寝室に戻った。


相変わらずベッドの上で微睡んでいたなまえ。先程よりははっきりとした瞳が俺に気付き、ゆったりと細められる。


「髪の毛濡れたままだと風邪ひくよ」

そう言いながらベッドから出たなまえは、洗面台にドライヤーを取りに行く。

片手にドライヤーを持った彼女がベッドに腰かけ、ラグの上をぽんぽんと叩く。


「乾かしてあげる」
「・・・ん、サンキュ」

言われるがまま彼女の前に腰を下ろすと、細い指がタオル越しに優しく髪に触れる。

誰かにこんな風に世話を焼かれるなんて今までの俺なら考えられなかったことだろう。


そんな自分の変化が少し気恥しい気もするけれど、正直悪い気もしなかった。


「乾いたかな?零くんの髪さらさらだよね」

ドライヤーを切った彼女がするりと髪を梳く。


その手の温もりを感じていると、今度は俺の方がなまえの存在を恋しく思えてくる。


くるりと体の向きを変えて、彼女の膝にもたれると小さな笑みが頭上から聞こえてくる。


「可愛い」
「俺にそんなことを言うのは、多分この世でお前くらいだよ」

頭を撫でるその手が心地よくて。細い腰に腕を回すと、そのまま抱き寄せる。


「たしかに出会った頃は、こうやって素直に髪の毛乾かさせてくれる姿とか想像できなかったもんね」
「当たり前だろ。そんなの今まで誰にもさせたことないからな」


というよりもここまで“俺”という人間の生活に踏み込んだ人間はいない。


「私はいいの?」

きっとなまえはその答えを分かっているんだろう。

小さく首を傾げながらこちらを見る。



その答えを紡ぐ前に、後頭部に手を回すとそのまま唇を引き寄せる。



「っ、・・・んん・・・」

重なった唇の隙間から洩れる甘い吐息。何度も角度を変えて重なる唇が、徐々に深いものに変わる。


薄く開いたその唇の隙間を舌で割ってなまえの舌を絡めとると、洩れる吐息はさらに色香を増す。


はぁ、という吐息と共に離れた唇。潤んだ瞳にどくんと大きく脈打つ心臓。




「なまえだけだよ」
「・・・・・・?」
「こうして俺が生活に踏み込ませるのも、甘えたいと思うのも。この世でたった一人、お前だけだ」


きっとそれはこれから先も変わることのない。


嬉しそうに笑う目の前の存在がこんなにも愛おしいのだから。



「今日はこのまま一日中ベッドで過ごそうか」
「っ、」

耳元でそう囁くと、彼女の頬が赤みを帯びる。


甘やかしてやりたい。そして同じくらい甘えたい。



たまにはそんな時間の過ごし方も悪くないだろう。



カーテンから差し込む太陽。軋むベッドのスプリング。真っ直ぐに俺を見て幸せそうに微笑む彼女。



身体も、心も、過去も、未来も。


なまえと共にありたい。


それほどまでに、なまえの存在が愛おしいと・・・・・・そう思わずにはいられなかった。



Fin


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