純白のゼラニウムを貴方に | ナノ
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▽ ヤブテマリ


まぁ、こんなもんか。


それが最初に思ったことだった。



少し気だるい体、腕に纏わりつく自分とは違う体温。カーテンの隙間から見える太陽はすでに高い位置にあった。



萩からの電話で起きた俺は、隣で眠っていた女の腕を解くと大学に向かう用意を始める。


「・・・んっ、おはよ。大学行くの?」
「あぁ。朝イチの講義サボっちまったから。萩から連絡もきてたし」


体を起こした彼女は、眠そうな目を擦りながら欠伸をする。



身体を重ねてもそこに情が生まれるかはまた別の話。別に後悔はしていない。けれどつくづくそれを実感した。


「松田くんってホント萩原くんと仲良しだよね」
「まぁ幼馴染みだからな」
「幼馴染みって私いないから憧れるなぁ」


着替えを終えると机の上に置いていた財布と携帯を手に取った。


これ、なんて言って家出たらいいんだ?


別に付き合ってるわけでもなんでもない。嫌いでもなければ好きでもない。


「ふふっ、松田くんって可愛いよね」
「は?」
「心配しなくても付き合ってなんて言わないよ。たまにまたこうして遊ぼ?」


小さく口元に笑みを浮かべながら笑う彼女。突っぱねる気にも、頷く気にも、どちらにもなれない。


曖昧に言葉を濁し、そのまま部屋を出た。



すっかり真上に昇った太陽。欠伸を噛み殺しながら、大学の門をくぐるとすぐ近くのベンチに萩の姿を見つけた。


アイツの周りにはいつも人が集まる。だからこそ見つけやすいんだけど、今日はそこに取り巻きの姿はない。


その代わりたった1人、隣に座る小さな影。



「げ、」
「あ!陣平ちゃん、遅かったなぁ」


思わず心の声が漏れた俺と、いつも通り笑顔で手を振る萩。

てかなんであの2人が一緒にいるんだよ。


みょうじと萩は別に仲がいいわけじゃない。むしろみょうじは萩のことが好きじゃないし、いつもギャンギャン噛み付いていた。


なんとなく今はみょうじの顔を見たくなかった。そんなことを考えている自分がいることに気付かないフリをしながら2人に近付く。



「朝イチの講義、代返しといたから感謝しろよ」
「・・・おう、サンキュ」


普段通りの萩の隣で、黙ったままのみょうじ。


昨日の出来事、そしてこの前のアイツの泣きそうな顔。なんとも形容し難い感情。みょうじの方を見ることができない。



「じゃあ俺は飯食ってくるから、また後でな!」
「っ、おい!萩!」

そんなことを考えていると、立ち上がった萩はみょうじの肩を軽く叩くとそのままカフェの方へと歩き出す。


引き留めようとした俺の声を無視して、ひらひらと手を振るだけの萩。振り返ることすらしない。


なんだよ、アイツ。


2人きりになった気まずさ。


なにか話すか?いや、このまま萩を追いかけるべき?


っ、クソ!分かんねェ・・・。


心の中で舌打ちをしながら、ちらりとみょうじの横顔を盗み見る。


相変わらず整ったその顔。瞼が無駄にキラキラしていて、毎日面倒くさくねェのかなってくらい綺麗に巻かれた長い髪。


そういえば昔みたいにテカテカした唇じゃなくなったな、コイツ。


いつだったか、懐かしいあの日を思い出しそんなことを考える。


こうしてちゃんと、近い距離でみょうじを見るのは随分と久しぶりのことに思えた。




「・・・・・・ねぇ、松田」

ずっと黙ったままだったみょうじがぽつりと名前を呼ぶ。


流石に無視するわけにもいかない。この時点で萩を追いかける選択肢はなくなった。



「ンだよ」

さっきまで萩が座っていた場所に腰掛ける。

少し体を動かせば触れそうな肩。風に乗って香る甘い香り。昔から変わらないその甘ったるさ。



「私、やっぱり松田が好きだよ」
「っ、」
「松田が私のことどう思ってるかなんか関係ない。諦めてなんて絶対あげない。嫌われてもうざいって思われても、絶対絶対諦めてなんてあげないから」


いや、脅しかよ。

相変わらず自分勝手な女。


あの日≠ゥら、物分かりが良くなったんじゃねぇのかよ、お前。


真っ直ぐに俺を見るその瞳。そこに見え隠れする感情。



「お前、昨日のこと萩から聞いたんだろ?」
「っ、」


その整った人形みたいな顔が歪む。ホント、わかりやすい奴。


だから萩と一緒にいたんだろう。


よく見るとみょうじの瞼は普段より腫れていて。萩相手に泣きながらキレ散らかしてるコイツが容易に想像できた。


それに気付いた瞬間、僅かに痛む胸の奥。


・・・・・・は?んなわけねぇだろ。なんで俺がコイツ相手にそんなこと・・・。



「お前も俺ももうガキじゃねェんだし、そういうのもうやめようぜ。お前だって俺以外の男見れるようになったワケだし、そのうち好きな奴もできるだろ」
「・・・・・・いでよ、」
「・・・・・何?」
「一緒にしないで!!!ガキじゃない?好きでもない女とヤッたくらいで大人ぶってんじゃねぇよ!!!」



相変わらず口の悪い奴だ。

てか公衆の面前で叫ぶような話じゃねぇ。



怒りで瞳を赤く染めたみょうじの口を慌てて右手で塞ぐ。

ただでさえコイツといると人の目を集めるのに、勘弁してくれ。


チラチラと俺達を見る周りの奴ら視線が痛くて、大きなため息をつく。


「声がでけェ!バカじゃねぇの、お前!」
「バカは松田でしょ?好きでもない女と適当にヤッて、それで幸せなわけ?」
「っ、俺がどこで誰とヤッてもお前に関係ねぇだろ」
「関係あるもん!!松田は私のものだもん!!!」



それは昔何度も聞いたセリフ。


みょうじの言葉が今朝からずっとモヤモヤとしていた心に突き刺さる。



幸せ?そんなわけないだろ。


別にあんなの、幸せとかそういうんじゃない。



「諦めない。あんな顔≠オたって、もう二度と諦めないから」


あんな顔って何だよ。

てかなんでコイツ昔に逆戻りしてんだ。


俺はお前のことだけは、好きにならない。何度もそう突き放してきたはず。


自分勝手で、周りのことなんてお構いなし。気に入らない、それだけで周りの人間を傷付ける。


・・・・・・そんな奴、好きにならねぇ。



「何でそんなに俺に拘るわけ?自分から不幸に足突っ込まなくてもいいだろ」


幸い、顔だけはいいんだから。

それに釣られて寄ってくる男は多い。


性格が壊滅的でも、コイツの周りに昔から男女問わず人が集まるのはその容姿のおかげ。


それで集まった奴の中に、本気でお前を好きになる奴だっているだろう。



「不幸?それは松田の方でしょ?」
「・・・・・・は?」


怒りに染まっていたその瞳に、嘲笑が浮かぶ。


みょうじの口を塞いでいた手は、いつの間にかあいつの手によって払われその手を掴まれる。



「千速さんのときも、伝えることから逃げて結局他の男に盗られた。今だって好き≠ェ分からないから適当な女で誤魔化して大人になった気でいるだけ。そっちの方が何倍も不幸だし可哀想」


ゆったりと口元に笑みを浮かべたみょうじが俺を見る。


まじでうぜェ・・・この女。


人の地雷を踏む天才か?コイツ。


ふつふつと込み上げてくる怒り。きっと相手が女じゃなかったら、胸倉を掴んできただろう。



「私はずっと幸せだった。周りになんて言われても、松田がいてくれたらそれだけで幸せだった」
「っ、」
「だから絶対に諦めない。不幸なんて誰にも言わせない」



みょうじの言葉に言い返せなかったのは、きっとそれが図星だったから。


認めたくないそんな感情。



「・・・・・・勝手にしろよ」
「うん!勝手にする!」



突き放されたくせに。


なんでお前はそんな嬉しそうに笑えるんだ?

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