みどり+岬

 影が走っていった。
 家も人も真上のかんかん照りも絵の具をぶちまけたように黒く染まって、しんとみんな黙りこくって、尋常じゃない事態にゆっくりと息を吐いて――"声を出してはいけない"、そう強く思った。
 同時になにかしらの怪異の仕業だと直感が訴える。喧嘩を吹っかけてきたなら神聖パワーマックスなハリセン攻撃をお見舞いさせるけど、今は駄目。直感したタブー以外の地雷がどこにあるかわからないからだ。
 息を潜めて、五感を研ぎ澄ませて、機会を得なければ。

「みどりちゃん」

 顎に雫ができたころ、背後から聞き慣れた声がしてびくりと体が跳ねた。一音一音静かに強かに紡ぐ声はあたしの親友、比奈葉純――はすみんの声だ。
 でもおかしい。二度目の直感。偶然友達と会うこと自体はおかしなことではない。あたしの聴覚に疑問を投じるわけでもない。
 けれどあたしが叫んでいる。"彼女"は本当に比奈葉純か?

「みどりちゃ、ん――蟯ャくん、おにぎり作ってきたよ――いらっしゃいませ〜――みど、ちゃ――蟯ャくん、おにぎり作ってきたよ――みどりちゃん――おにぎり作ってきたよ――み――いらっしゃいませ――みどりちゃん」

 返事をせずにいると、畳みかけるように降ってきた言葉の嵐。否、それは言葉ですらなかった。
 意味をなさない呻きのような音がこぽこぽと周りに充満していく最中、あたしは決定づける。やっぱこれ罠だったんだ!

「み、――」

 次にどうしてくるかうかがっていると、ぷつ、となにもかもが途切れた。偽物の出す音も全部を真っ黒にした影も消えて元通り。
 ある程度は安心できるかもしれないけど、これも隙を見るためかもしれないと緊張を解かず。

「みーどり」
「――あ!?」

 ……にいたからか、新たな声の主にめちゃくちゃ眼を飛ばしてしまった。

「っんだよお前、はすみんの真似すんじゃねー!」
「襲われていう苦情がそれ? ウケる」
「友達のこと馬鹿にされるの、誰だって嫌だろ!」

 利用してごめん、とそいつは笑った。
 青紫のシャツとダメージジーンズを身につけた大学生――あるとき急にあたしに近づいてきたやつ。臍緒岬。こいつは生者のふりをした怪異だ。
 ――いや。"こいつ"は臍緒岬のふりをした、

「なにがしたかったんだよ、"お前"」

 岬の中にいる、"誰か"。

「……案外普通の女子高校生かって思ってね。残念、まるでスナイパーだねえ、耳もよければ勘もいい」

 岬本人じゃないそいつが薄く笑う。同時に額に開いた四つの真ん丸。六つの目が、じ、とあたしを見つめた。

「あーあ、本当に残念だよ。あのときこたえてくれれば、あんたを引きこめたのに」


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