天文世界 52
皇帝と宮廷魔術師は行方不明となり、敵味方関係なく多くの命を失った解放戦争は終結した。 久方ぶりに帰ったマクドール邸は埃っぽく部屋こそ荒らされていたが、ベッドなどは無事で寝室としての機能は支障なかった。ロゼッタは部屋の隅にカバンを放り投げベッドに飛び込む。ずっと干されていなかったためか、以前のようなふかふかさは感じられない。 大きな戦いもあって、町全体が静まり返っていた。
コンコン
そんな中、部屋にノックする音が響いた。本当はロゼッタも早く寝てしまいたかったのだが、再び体を起こし扉を開く。
「少しいいかな。」 「ん、入って。」
そこにはカバンを肩に下げたままのティルが立っていた。片手には彼の手によく馴染んだ棍棒が握られている。 こんな夜更けに異性の部屋にくるなど、普段窘める側のティルにしては珍しい。
「まるでまた旅立つみたいな格好だね。」 「そのつもりだからだよ。」
ああ、やっぱりかとロゼッタは思った。 明日から赤月帝国は新しい国に生まれ変わる。そして解放軍リーダーであるティルが先導者になることを多くの人が望むだろう。実際レパンドなどから大統領になるつもりはないかと既に話を持ち掛けられていた。 どんなに苦しくても、悲しくても、ティルはリーダーとしてここまで走り抜けてきた。それは周囲に求められたからであり、何よりティル自身が明日を掴みたかったからである。 しかし戦争が終結した今、ティルの力は無用の長物となるだろう。むしろソウルイーターを持つティルはいない方がいいぐらいだ。
「なら私もその旅についていっていい?」 「勿論、そのために会いに来たんだ。」
それでもティルはロゼッタだけは手放す気などなかった。なんせ二人は運命共同体である。今更離れる気なんてない。 ロゼッタも部屋の隅に投げやったショルダーバックを肩にかけ、ティルの手を掴む。
「ティル、旅の行き先は?」 「ロゼッタとならどこにでも。」 「それはそれは、最高の口説き文句だね。」
ティルのペンダントがロゼッタと呼応するように淡い光を放ち、柔らかな魔力が2人を包み込む。
「『エラトゥス』」
一通の手紙を残し、二人の姿はグレッグミンスターから消え去った。
翌朝荷物とともに姿を消したティルとロゼッタに帝都は大騒ぎとなった。いつか黙っていなくなるような予感がしていた者もいたが、まさか終戦したその日に居なくなろうとは。
「坊ちゃん、ロゼッタさん、このグレミオを置いていくなんてあんまりです!」
とりわけ一番取り乱したのはグレミオである。幼いころから面倒を見てきた主人の突然の旅立ちだ。心配性の彼がそう嘆くのも無理はない。きっと先に気が付いていれば、グレミオは無理を言ってでも二人について行っていただろう。 だからこそあの2人は気づかれぬよう、ロゼッタの魔術でグレッグミンスターを飛び立ったのだ。いくらロゼッタがソウルイーターの暴走を力技で押さえつけることができたとしても、ソニエール監獄のような悲劇が二度と起きぬとは限らない。
「あいつらならきっと大丈夫だって、グレミオさん。」
そんなグレミオを宥めながら、テッドは残された手紙に再び目を通す。 そこにはティルの字で、いつかまた再会しようと綴られていた。
天文世界
「それでまさかその再会までに3年近くかかるとは思わなかったな。」 「だいたいはロゼッタのせいだけどね。」 「それは本当ごめんって!まさかあのタイミングで魔術が暴走するって私も思わなかったんだよ!」 「だからっていくつもの大陸を超えた先に辿り着くなんて、ビッキーと良い勝負なんじゃないか。」 「その後もトラブルが続けておきるし、あのときは一瞬本気で置いていこうかと思ったよ。」 「なんだかんだこいつに甘いティルがそうなるってことは相当だな……。」 「ちょっと運がなかっただけですしー。それにティルだって持前のお人よしで色々寄り道したし同罪でしょー。」 「誰かさんのせいで荷物全部無くしかけたのに、反省しないのはこの口かな?」 「痛い痛い、ほっぺつねらないで!最後にはこうして帰ってこれたからいいでしょ!」 「いろんな人に助けられたおかげでね。」 「(ティルも3年前より遠慮なくなったな。)」 「そうそう、テッド。旅をしている間に君の知り合いと出会ったよ。」 「俺の?」 「群島諸国で会ったんだ。はい、これ頼まれた手紙。」 「群島諸国ってまさか……。」
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