天文世界 51

 ウィンディがティルからソウルイーターを奪わんと手を伸ばす。しかしその手を振り払ったのはソウルイーターそのものだった。

「何故だ、何故お前まで私を拒絶する。世界でもっとも呪われた紋章である貴様に一番ふさわしいのはこの私なのに!」

 我が身を呪った世界に復讐しようとウィンディが叫ぶが、それにソウルイーターはこたえようとしない。
 納得できぬウィンディにロゼッタは静かに口を開く。

「だって、貴方は誰も愛そうとしないでしょう。」

 それこそが答えだった。
 ソウルイーターは無暗矢鱈に魂を喰らうわけではない。その代償は宿し主にとって大切な人の魂だ。そういう存在を持たない、あるいは作ろうとしないウィンディを主に選ぶはずようもないのだ。

「お前に、異星の存在ながら認められたお前に、この世界に生まれながら疎まれた私の何が分かる!」

 ウィンディのむき出しの嫉妬心ももっともだった。
 ロゼッタはこの世界に流れ着いたときからずっと恵まれていた。魔力の枯渇で死にかけたところをティルとテッドに助けられ、気狂いだととらえかねない話をする彼女をマクドール家は受け入れた。この世界の根源ともいえる紋章を否定し破壊する力をもつ彼女を、解放軍は異端だと排除しようとしなかった。異端であるからこそ、彼女は紋章に呪われた少年の手を躊躇なく掴むことができた。
 例え元の世界から追い出されたとしても、この世界に来てからずっとロゼッタは幸運だった。それはまるで全てがご都合主義の御伽噺のように。

「それでも私は、私の仲間を傷つける貴方を認めることはできません。」

 まるで審を下すように告げるロゼッタに、ウィンディは指先を突きつける。
 しかしその姿すらいっそ哀れであった。真の門の紋章をその身に宿す彼女の紋章術では、ロゼッタを殺すことはできない。

「もういい。止めるんだ、ウィンディ。」

 そんな彼女の肩を掴んだのは、彼女に利用され続けたバルバロッサだった。

「何をする!お前など私の魔力で!」
「無駄だよ、ウィンディ。」

 覇王の紋章はその性質としていかなる呪いも無力化させる。それが例え真の紋章であろうとも。その証拠にソウルイーターは彼に膝をつかすことができても、その命を、その魂を奪うことはできなかった。

「し、しかし、お前はブラックルーンで……。」
「それもまた戯言にすぎない。」

 ならば何故バルバロッサはいままでそのように振る舞っていたのか。理解できないと彼を拒絶するウィンディを抱き寄せる。

「私はお前を愛してた。」
「嘘よ。お前が愛していたのはクラウディアの面影よ!」
「それは違う。」

 世界の全てに愛される人がいないように、世界の全てに嫌われる人もいない。
 少なくともバルバロッサは確かにウィンディを愛していたのだ。彼女の中にある孤独の悲しみを消し去りたかった。だがそれを信じられず、拒絶し続けたのは他の誰でもないウィンディ自身である。

「私はお前を愛していた。しかしそれは間違いであった。私の犯したただ一つの過ちだ。そしてそれは許されるものではない。」
「やめて、やめて頂戴。バルバロッサ。」

 幼子のように嫌だ嫌だど繰り返す彼女を連れて、バルバロッサは庭園の端へ向かう。

「私は私の帝国を自分の過ちで失った。ティル、君が果たしてここにどんな国をつくるのか……」
「バルバロッサ様!」「バルバロッサ様ぁ!」「皇帝陛下!」
「さらばだ!」

 ソニア、ミルイヒ、クワンダの呼び止める声も振り切って、バルバロッサはウィンディを抱きしめて最上階から身投げした。
 それと同時に足場が揺れ、不穏な音が辺り一帯に響きはじめる。皇帝ひいては帝国の終わりと共に城が崩れようとしているのだ。

「まずいな、この城は長く持ちそうにないぞ。早く脱出するぞ。」
「我々は後から追いかけます、皆さまはお先に。」

 脱出を促すビクトールにソニア達は自分達は大丈夫だと返す。彼女らもここで死ぬつもりはないが、今はまだ皇帝の死に思うものがある。必ず追いかけるからとティル達の背中を押した。



 皇帝が敗れ、城が今にも崩壊しようとなっても、帝国兵たちは主君の仇をとらんとティル達に襲い掛かってきた。先の戦いですでに消耗しているうえ、時間制限をもうけられた脱出劇に彼らの中に焦りが生まれる。

「ティル、ここは俺が食い止める。お前達は先に行け。」
「馬鹿なこと言うな、ビクトール!」
「たく、お前は最後まで甘いな。いいか、ティル。お前はまだまだこの国に必要な人間さ、新しい国にな。だが、この俺は戦争がなくなれば必要のなくなる人間さ。なあに、すぐに後を追うから心配すんなって。」
「いこう、リーダー。奴の気持ちを分かってやれ。」

 今までだって命がけの殿を仲間に託すことは何度もあった。それでも慣れぬ犠牲に胸を痛めるティルの優しさは強さであり、弱さでもある。そんな彼を引っ張るのは、かつて彼がリーダーになることに反対したフリックだ。

「さあて、死にたい奴は前に出な。この心臓が破裂するまで、俺は戦いを止めんぞ!」

 ビクトールに後ろを託し、一行は出口へ急ぐ。しかし帝国兵の追っ手はそれだけではない。

「ばかやろう!気をつけろ!」

 不意打ちで飛んできた矢がティルを庇ったフリックの左肩に突き刺さる。矢が飛んできた方向を見ると何人ものの兵士がこちらに向かって走ってきている。

「ティル、お前はオデッサがみこんだ男だ、オデッサの望んだ国をつくる男だ。そのお前をこんなところで死なせるわけにはいかない。あの世でオデッサに怒られるちまうからな。……グレミオ、さっさとこいつらを連れていけ。」

 グレミオもティル達を生かすため、ソニエール監獄で決死の覚悟を決めた人間だ。フリックの決意も覚悟も痛いほど理解できた。
 たとえこの真っすぐな少年少女に恨まれることになっても、彼らを生かして皆の元に送り届ける義務がグレミオにはある。

「行きましょう、坊ちゃん。テッド君も、ロゼッタさんも。」

 そうして無事に帰還したリーダー達と音を立てて崩れていく城の姿に、帝都は歓喜の声の湧いた。その声を聞き届けながら、一人の軍師は医者に看取られながらひっそりと息を引き取る。
 それは一つの戦争が終わり、新たな歴史が始まる瞬間であった。

落月の光
prev next

.
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -