天文世界 50

 アインの犠牲も乗り越えて、一行は先陣を切って城に突入する。すでに先の戦いで消耗しているのもあって一人ひとりは弱いが、内部で待ち構える兵士の数はとにかく多い。道中テッドは倒した兵士から矢を奪いつつ、ロゼッタのカバンにある大量の薬を使って体力及び魔力を温存しながら一行は皇帝のもとへ急ぐ。
 そして城の最上階でその男、バルバロッサは解放軍を出迎えた。

「解放軍のリーダー、ティル。よくここまで来てくれた。」
「……お久しぶりです、皇帝陛下。」

 それは約一年ぶりの再開だった。まだ世の理不尽さを知らなかったあのころ、彼に頭を垂れることになんの疑問も抱かなかった。こうして敵対することになっても彼から感じる堂々たる覇気は本物だ。

「見るがいい、この庭を。花咲き乱れる美しい場所だ、私に残された最後の帝国領だ。ティル、私はこの帝国を護る。この手で、この最後の帝国領を護ってみせるぞ!」

 バルバロッサは両手剣の先を天に掲げる。それはビクトールの星辰剣と同じく、真の紋章の生まれ変わり。ハルモニアから譲られ赤月帝国に繁栄をもたらすもの。

「我が竜王剣よ、力を!」

 剣から溢れる魔力の渦がバルバロッサを包み込む。
 その激流が収まったとき、そこに立つのはもはや人と呼べぬ存在だった。

「それが貴方の覚悟というのならば……、俺は全身全霊をもって貴方を倒すだけだ!」

 三つ頭の黄金竜。それに臆することなくティルが高らかに吠え、彼に連れ添う仲間達も武器を構えた。



 竜王剣に宿るは覇王の紋章。そこから放たれる魔力は強力であり、それを完全制御しているバルバロッサをロゼッタの擬似結界に取り込むは至難の技だ。ゆえにロゼッタははなから相手に有効打を与えることはあきらめ、黄金竜の紋章術を魔術で相殺することに徹する。それでも三つの頭それぞれに放たれる猛攻は1人では完全に防ぎれるものでなく、物理技は出来る限りビクトールが引き受け、流水の紋章を宿したグレミオが味方の回復を行う。そうやって敵の攻撃をいなし出来た隙をついて反撃するのは残りの3人だ。テッドは疾風の紋章と弓、フリックは雷鳴の紋章と剣、そしてティルは棍棒で敵に切り込む。
 実質一対六の戦いだ。それでもなかなか黄金竜はなかなか倒れず、むしろこちらがジリ貧で負けかねない。もはや出し惜しみしてなどいられなかった。

「呪いの紋章"ソウルイーター"よ、その力を示せ……」

 ティルの右手で闇が渦巻く。

「ちょ、ティル!?」

 それにいち早く気が付いたロゼッタがティルを止めようとするが、彼に迷いはなかった。
 ソウルイーターの代償はティルもよく知っている。レックナートにも無暗に使わぬよう止められた。今ここで暴走すれば黄金竜どころか味方にも被害が及ぶだろう。
 だがあの日、清風山でテッドは全てを覚悟をして親友のために紋章を使用したのだ。ならばティルも覚悟を決め、本当の意味でソウルイーターの主にならなければならない。
 本当は全てが今更なのだ。

「『さばき』」

 ソウルイーターはティルの意志に逆らうことなく、正しく主人の敵を貫いた。
 本体に強烈な一撃を喰らった黄金竜はそれが決め手となり変化が解け、バルバロッサはその場で膝をつく。すでに彼に戦うだけの力は尽き、解放軍の勝利が決定づいた瞬間だった。

「皇帝陛下!」

 そこにアインを除く五将軍が遅れてやってくる。

「皇帝陛下、貴方は変わってしまった。何故です?我らの信じた貴方は……。」
「カシムか……、懐かしいな。お前たちと共に戦ったあの日々が遠い昔のようだ。」

 カシムの問いにバルバロッサは答えることなく、遠くを見るように昔を思い返す。その姿を見れば見るほど、五将軍が何故ここまで国が荒れ果てるまで静観しつづけたのか理解ができなかった。その目にやどる光はあのころと変わらず聡明なままなのに。

「なんだい、バルバロッサ!黄金の皇帝ともあろうお前が負けちまったのかい!」

 その疑念に答えるように姿を現したのは諸悪の根源ともいえる宮廷魔術師だ。彼女は主人であるバルバロッサを気遣うこともなく、むしろ貶すような態度をとる。

「おのれぇ、貴様皇帝陛下を侮辱することは許さんぞ!」
「お馬鹿さんだねぇ。」

 それに怒ったカシムが武器を振り上げるが、ウィンディは雷鳴の紋章を使って黙らせる。強烈な一撃にカシムは一瞬で膝をつく。

「……相変わらず、あんたは自分のことしか考えてないんだな。」
「おや、テッド。あんたもここにいたのかい。そうは言うが、あんたも私も似たようなものだろう?そこの坊やではなく私に紋章を渡していたら、親友が解放軍リーダーなんてものになることも、帝国が滅ぶようなこともなかっただろうに。」
「ああ、そうだろうな。お前に渡していたら帝国どころか、世界中に被害が及んでいただろうよ。」

 それを見たテッドがウィンディに嫌味を言うが、彼女はくすくすと笑うだけだ。

「ソウルイーターを持たないあんたはもう用済みさ。でもね、ティル。あんたは違う。その右手のソウルイーターは何がなんでも頂くよ!」

 ウィンディの目的はただ一つ。その生と死を司る紋章を奪わんとティルに詰め寄った。

斜陽の庭園
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