天文世界 47

 ボロボロになったソニアも背負い、ティルが燃え盛る水上砦を脱出するとそこは酷い惨状だった。
 フリックに剣を向けられたまま、サンチェスは何故自分が解放軍を裏切ったのか語り始める。

「7年前の継承戦争、あのころの皇帝陛下はとても素晴らしい方でした。そして私も皆と同じように皇帝陛下に仕えていたのです。」
「ではアジトが襲われ、オデッサが……、オデッサが死んだのも貴様のせいなのか!」
「結果的にはそうなりました。否定はしません。」

 しかしサンチェスもオデッサを殺そうと思ってアジトの所在を帝国に密告したわけではない。彼女が不在のときを狙って報告したのがその証拠だ。

「私はずっと悩み続けていた。貴方達と一緒にいるうちに何が正しいことなのか?自分はどうするべきなのか?」

 その結果、彼は皇帝への忠誠を選んだのである。この年で生き方を変えるのは難しいことなのだと彼は語る。

「オデッサさんのことはすまなく」
「オデッサの名を呼ぶな。貴様にその資格はない。」
「……そうですね。」
「俺はお前を許しはしない。我が剣オデッサにかけて……お前の首を貰う!」
「はい。私はもう思い残すことはありません。」

 怒りを露にするフリックにサンチェスは素直に首を差し出す。こうなることは分かっていて、解放軍の真ん中でマッシュを刺し、無断に油に火をつけたのだ。

「ただ、覚えておいてください。私は皆さんが好きでした。フリックさん、貴方は未熟です。でも、その未熟さ故の素直さが私には羨ましかったんですよ。そして多分、オデッサさんも貴方のそんなところが……。」
「サンチェス!覚悟しろ!」

 それ以上弁明を聞くつもりはないとフリックが剣を振り上げる。

「ま、待ってください。」

 しかしそれを止めたのは刺された本人であるマッシュだった。その声は掠れたもので、即死といかなくとも重症であることは明らかである。
 それでも今はサンチェスがスパイだったこと隠し、すぐにでもグレッグミンスターを目指すべきだと提案する。

「馬鹿なことを、マッシュ殿。貴方は重体なのですよ、無理に動けば命に係わる。」
「この世には流れというものがあり、戦いには時期というものがあります。今、この期を逃せば帝国を倒すことはできません!」

 医者として止めるリュウカンに対しマッシュは珍しく声を荒げる。自分1人の命で、解放軍の命運を左右するわけにはいかないという彼の必死な想いでもあった。

「ここは一旦撤退して体制を立て直す。」

 それでも首を横に振ったのはティルだった。





 サンチェスの処分はともかく作戦が一度狂った以上、このまま進軍するのは危険だ。致命傷を負ったマッシュのためにも解放軍は一度本拠地に引き上げることになった。その道中テッドはティルに近づき、周囲に聞こえぬよう小さな声で尋ねた。

「なあ、ティル。もし俺が本心からその紋章を返してくれって言ったらどうする?」

 それはシークの谷での騒動以来ずっとテッドが考えていたことだ。ロゼッタが傍にいる限り、ソウルイーターが無暗やたらに魂を喰らうことはなかろうが、不老の呪いやハルモニアなど様々な問題が残る。ウィンディの手から逃れた今、その業をティルに背負わせ続ける必要もないのだ。

「それはできない。テッドのためにも、俺自身のためにも。」
「……お前ならそういうと思ってたよ。」

 ブラックルーンに操られていたときと違って、親切心から先ほどの例え話をしたことはティルも分かっていた。
 しかしこの業を親友に負わせたくないのはティルも同じだ。そしてこの紋章があるから時間が固定化されたロゼッタは傍にいてくれる。
 どんなに綺麗ごとを並べたって、結局ティルは己のエゴのためにこの呪われた紋章を手放せないのである。

「ごめん、テッド。」
「謝るなよ、親友だろ?」

 それでもテッドは気にするなと笑って、ティルの背中を叩くのだった。




 再出発は明日にするとして、シャサラサードで捕らえられたソニアは、本拠地地下の牢屋に閉じ込められていた。水上砦を落とされても尚、彼女は解放軍に下るつもりはないと抵抗したためである。

「お前はテオ様の部下だった、確か……。」
「クレオと申します、ソニア様。」
「何をしにきた、お前もやはり裏切り者だ。」

 そんな彼女を説得しようと地下を訪ねたのはクレオだった。彼女はクレオ、テオ、ティルの関係性をよく知っている。だからこそ、このまま分かり合えないというのは酷く寂しく、悲しいことだった。

「ソニア様……。テオ様は、ティル様を憎んでいるでしょうか?」
「……。」

 クレオの問いにソニアは言葉を詰まらせる。彼が亡き今、ソニアは明確な答えを得ることはできない。

「貴方はティル様の母になったかもしれないお方です。そんな貴方が、ティル様を憎む。それが、私には耐えられません。」
「しかし、私は帝国とテオ様に対する忠誠を捨てることは……。」
「テオ様の死に顔……、それは……安らかなものでした。我が子の成長を喜んでいたのでしょう。そのことを知っておいてください。」

 ソニアは彼女にそう告げ、地下牢の前を去る。
 入れ替わるようにやってきたのはティルだ。

「ソニアさん。」
「ティル……何用だ。処刑するなら早くしろ。」

 クレオと話して興奮が落ち着いたのだろう。彼女はティルの姿をみても騒ぐようなことはなしなかった。

「そんなことしませんよ、俺は貴方に仲間になってほしいから。」
「……私は、お前を憎んでいるのだぞ。それでも仲間になれと言うのか?」

 ティルは恨まれて当然のことをしてきた。大切な人を殺した人を許すなどそう簡単にできることではない。その痛み、その悲しみ、その怒りを飲み込む辛さはティルもよく知っている。

「許してくれとはいいません。それでも俺は貴方と敵ではなく仲間になりたい。」
「……ふん、よかろう。仲間になってやる。しかし、手は貸さんぞ。お前と一緒にいてお前の死にざまを見てやる。」

 それだけで十分だ。

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