天文世界 46
翌朝になるとマッシュは宣言通り500隻の船を用意していた。ミリアの竜に湖を凍らせ船の形に切り取ったのだ。強度に問題はなく、光が透き通りキラキラと輝く船にタイ・ホーも興奮している。
「おはよ、ティル。」
圧巻の光景に息をのんでいたティルの背中を叩いたのはロゼッタだ。
「せっかくマッシュさんとミリアさんが用意してくれたんだし、溶ける前に早く出発しないとね。もちろん私も作戦には参加するから。」 「……うん、今回も任せたよ。」 「おうよ、任されました。ティルも怪我したらいつでも言ってよね。」
これまでの戦い通り、ロゼッタにはリュウカンと共に救護班として活動する予定だ。 本当はロゼッタには安全なところにいてほしいと、今も昔も変わらずティルは思っている。しかしこれは戦争で、命を懸けているのは皆同じなのだ。リーダーとして個人的な感情で戦力を除外するわけにはいかないし、ロゼッタもそんなこと望んでなどいない。 そしてティルが彼女と共に戦いたいという気持ちもまた本物なのだ。
「ここからが正念場だ!全軍準備ができ次第出発する!」 「「おーっ!」」
ティルの高らかな声に港に集まった仲間達も力強く応えた。
シャサラサードを守るのは五将軍の一人、ソニア・シューレンであり、まだ若いながらその地位に上り詰めただけあってその実力は確かなものだ。いくらこちらの方が兵力が勝っていても、とても無傷では終われない。 それでも何とか防衛線を突破し、あとは水門を開くのみ。残った敵はハンフリーとフリックに任せ、水上砦の内部に侵入するのはティル・ビクトール・シーナ・ルビィ・ルック・クレオの6人だ。彼らが水門を閉じ戻りしだい油を撒いて砦を燃やし、城塞としての機能を破壊するといった具合だ。 水門を開閉するための仕掛けに続く通路は普段人が出入りしないこともあってモンスターがはびこっていた。それらをクレオの紋章で一掃しつつ一行は奥へ奥へと進む。 しかし奥で待ち構えていたのは全体攻撃をしかけてくる厄介なモンスターだった。モンスターの身を守る二枚貝は非常に固く、物理攻撃はろくに通らない。大地の紋章を宿したルビィがダメージを軽減しつつ、雷の紋章を持つシーナを中心に相手の体力を削っていく。ルックの回復もなければ更に厳しいものとなっていただろう。 そうして何とか水門を閉じ、あとは脱出するだけだというところで彼らを引き留める女の声がした。
「お待ちなさい、ティル。貴方に聞きたいことがあるわ。」 「お前はさっきの帝国軍大将!」 「ええ、帝国の五将軍も私一人になってしまった。」
ソニアの姿にビクトールが叫ぶ。彼女の周囲には護衛らしき兵士の姿もない。それでも彼女は臆せず、再びティルに問いかける。
「ティル、貴方に聞きたい。何故貴方は帝国を裏切ったの?何故父を……テオ様を裏切ったの?乱を起こし、戦いを行い、人々の命を……それが、あなたの正義なの?」
ソニアのティルに向ける瞳は憎悪に燃えていた。 そしてその怒りは決して間違いではなかった。解放軍なんて綺麗な言葉で飾っても、ティルがしていることは人殺しだ。苦しむ人を助けたいと言っている一方で、帝国兵達の命を奪っている。彼らにだって守りたいものがあり、彼らの無事を願う家族がいた。そしてティルは己の理想のために父ですらも手にかけたのだ。もしかしたら父や彼女の手を借りて、内側から国の改革をすることだってできたかもしれない。どれだけ時間がかかっても、今のように一度に多くの血が流れることはなかっただろう。
「それでも俺はこれ以上民を見殺しにする皇帝を許すことはできません。」
すべての始まりはロックランドだった。満足に食事をとることすらできないのに、それでも搾り取られ続ける税金。やせ細った子供を足蹴に、村人たちに食料を配る義賊たち。それなのに処刑されるのは賊のほうで、皇帝は領主をとがめもしなかった。 改革を待っていられるほど、ティルは大人ではなかったのである。
「解放軍と帝国軍、きっとどちらも正しくて間違っています。」 「そう……、ならば武器を構えろ!ティル・マクドール!」
これは正義と正義のぶつかり合いだ。
一方その頃、リュウカンと共に兵士の手当てに奔走していたロゼッタはとっくに魔力が尽き、薬や包帯のみで応急処置を行っていた。 そんな中、突如燃え上がった炎に息をのんで振り返る。まだティル達が水門から戻ってきていないのに早すぎる。
「マッシュ!」 「サンチェス、てめえ何しやがった!」
水門入り口には血だらけになったマッシュが倒れており、ハンフリーと共に戻ってきたフリックに剣先を突きつけられたサンチェスの姿があった。
「御覧のとおりですよ、フリックさん。」
一体何が起きたのか、サンチェスの手にある血濡れの剣が全てを物語っている。彼こそが解放軍に噂されていた裏切り者だったのだ。
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