天文世界 48

 治療に特化した神聖術であっても万能ではない。解放軍に入ってからルックやジーンの知識も借りつつ、この世界に合わせた魔術改良は行っているものの、疑似結界の中でないと本領発揮することは不可能である。また回復魔術は術者の生命エネルギーを譲渡することで本人の治癒力を活性化させるものであり、過度に行えば両者に負担がかかる。それどころか拒絶反応により、思わぬ副作用を引き起こす危険性も帯びてくる。薬同様、一度に治せる程度には限界があるということだ。
 毒の塗り込まれたナイフでぐちゃぐちゃにされたマッシュの内臓は、ロゼッタの魔術でも一晩で治せるものではない。

「マッシュさん、少なくとも一週間は絶対安静です。」
「それはできません。」

 今動けばせっかく塞いだ傷も再び開いてしまうと忠告するロゼッタに、マッシュはそこまでの時間的猶予はないと返す。
 本当ならマッシュには本拠地に残ってもらい、グレッグミンスターに攻め込むべきなのだろう。しかし彼は軍師だ。軍師の不在はサンチェスの裏切り以上に士気に関わる。

「オデッサが命を懸けてでも繋げたものを、私も見届けなければならない。いえ、私が見届けたいのです。」

 それにこれはマッシュの意地であり、責任だった。勝利するために必要な犠牲であれど、彼の策により敵味方関係なく多くの人が命を落とした。今更己の死を恐れて立ち止まるわけにはいかない。何を失ってでも解放軍を勝利に導くと決めたのだ、あの片田舎の村で。

「……分かりました、しかし条件があります。」
「何でしょう。」
「私かリュウカンさんの傍を離れなれないください。」

 それでも決して死に行くために戦うのではないのだと、ロゼッタは訴えた。



 翌朝改めて解放軍一同揃って本拠地の大広間に集まった。

「解放軍の戦士たちよ!ついに時は満ちた!長き間、人々を苦しめてきた帝国の最期の時だ!」
「友を思え、家族を思え、そして彼らのため戦うのだ!」
「人々の怒りは地にあふれ、嘆きの声は天にこだましている。今こそ、それを止める時だ。」

 マッシュ、レパンド、ウォーレンと仲間達を続けて鼓舞する。すると広間に強く白い光がはしった。

「ティル、ついにここまで来ましたね。今こそ、全てをお話しするときです。」

 光の中から姿を現したのは、かつてティルに石板を渡したレックナートである。

「我が姉、ウィンディの望みはこの世界への復讐です。」

 それは今から数百年前の話。レックナートとウィンディが生まれた育った門の一族は、その強力な紋章を狙われハルモニアに皆殺しにされたのである。真の門の紋章を二つに分かち、受け継いだレックナートとウィンディのたった2人を除いて。
 ウィンディの持つ表の門の紋章は異世界からこの世界に繋がる入り口であり、レックナートの持つ裏の門の紋章はこの世界から異世界へ繋がる出口の役目を持つ。

「我が姉は力を得るために、私の持つ"裏"の門の紋章も手に入れようとしました。だから、私は魔術師の島に引き籠り力を奪われないように結界を張り、時を待ったのです。」

 そうしてようやく表れたがティルであり、彼を中心に天地宿命の108の星が集まった。
彼らは空を自由に駆けることの出来る放浪の星であり、力を合わせれば必ず勝利を得られる存在だ。

「ちょっと、待ちな。あんた、108星が集まったって言ったな。そいつは間違いだぜ。」

 そう語る彼女に待ったをかけたのはビクトールだった。そう、108星というのが石板に書かれた人々を言うなら一人欠けているのである。
 天英星、グレミオはソニエール監獄でティル達を守るために犠牲になった。

「今ここに、私の門の紋章の力をお見せしましょう。解放軍の戦士達よ、108星の者達よ。心静かにし、友のことを思うのです。」

 半信半疑ながら、レックナードに従い皆目をつむる。解放軍にいる者全てがグレミオと面識があるわけではない。それでも彼女の紋章の力が本物だというのならば……。

「次元の門よ開け、ここにいる108星の心をつなぎ、かの者を此処へ……。」

 その言葉と同時に一瞬世界が歪んだかのように暗転する。

「ああ、こんなところで死にたくない、まだまだ坊ちゃんの為に……。そういえば洗濯物が溜まったままだったはずだし……シチューの新しいレシピも……。」

 成人した男の声ながら話している内容は所帯じみて、まるで子持ちの母のよう。どこか間のぬけるそれは長らく聞いてなかった男のものだ。
 人の記憶は声から忘れてく。それでも、彼はこんな声だったとすぐに思い出すことができた。

「んっ、あれ、あれ……?」
「グレミオ?……グレミオ!」
「ぼ、坊ちゃん……!?わ、私は一体!?」

 もう二度と会えないと思っていたその人がそこに立っていた。

宿星の祈り
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