天文世界 45

 いくらペテン師とはいえ見殺しにするのも気分が悪いとヴァンサンも連れ一階に降りれば、陽動に出ていたハンフリー部隊とフリック部隊もモラビア城を囲うように集まっていた。
 一方ドゥーハとラカンの救援に向かった帝国軍は都市同盟軍の待ち伏せをくらい、とてもモラビア城に戻れる状況ではない

「ジョウストン都市同盟は、この帝国領を欲しがってますからね。帝国軍が都市同盟を攻めようとしていると書状を送れば、簡単に動いてくれました。」
「貴様、この帝国を都市同盟の奴らに渡すつもりか!」

 マッシュの策を知ったカシムが非難をあびせるが、彼にそのようなつもりは毛ほどもない。マッシュはあくまで同盟軍を利用しただけであり、手を結んだつもりはないのだ。一時的に北方は同盟軍に奪われる形になるだろうが、彼らが油断したところで取り戻せばいいだけである。

「カシム・ハジル殿、潔く降伏してください。貴方が理想に燃えた帝国も、忠誠をつくした皇帝陛下も、今はすっかり姿を変えてしまった。それでも貴方は過去にしがみつくつもりですか。」
「それでも、私は……。」

 カシムも今の皇帝が継承戦争のときと変わらず誇り高い存在だと胸を張って言うことはできない。しかし一度忠誠を誓った主を裏切るなど彼の誇りに反する。

「カシム、貴方は本当に頑固な人ですね。全く、五将軍は頑固者ぞろいで……。」

 そんな彼の説得にでたのはミルイヒだった。

「カシム、貴方よく考えてごらんなさい。今の皇帝陛下の姿が、本当の、我々の知る皇帝陛下の姿でしょうか?」
「それは……。」
「貴方も分かっているはずです。皇帝陛下に忠誠を尽くすのであれば、その過ちを止めるのも、やはり忠義ではないのですか。」

 そして五将軍も帝国がここまで乱れるのを止めようとしなかった。ならば今度こそ主君の目を覚まさせるのが五将軍の責任だ。

「違いますか、セニョール?」
「……その通りだな。このカシム・ハジル、解放軍に降伏しよう。」

 カシム・ハジルの降伏宣言によりモラビア城戦は終結した。




 北方が都市同盟軍によって陥落したことにより、残すは首都部周辺のみとなった。グレッグミンスターに攻め込むには、水上砦シャサラサードかクワバの城塞を経由する必要がある。どちらも五将軍が守る要所だ。
 順当に考えれば陸路となるクワバの城塞経由が妥当だ。単に解放軍に水上戦に持ち込むほどの船がたいためである。

「勿論相手もそう考えるでしょう。船のことならお任せください。明日までに500隻の船を用意いたしましょう。」

 しかしマッシュは何か策があるのか、迷いなくそう宣言した。簡素な浮船を作るだけでも一晩はかかるのに虚言めいた自信だ。

「わかった。マッシュ、任せたよ。」
「ありがとうございます、必ずやご期待にお答えしましょう。」

 しかし解放軍は彼の策に何度も助けられ、彼にはそれに見合う実績がある。ティルはここはひとつ、彼にかけてみることにした。




 その後は決戦前夜というのもあり、本拠地全体でいつもと異なる空気が流れていた。早めに休むもの、親しい人と言葉を交わすもの、それぞれ明日に向けて士気を高めている。
 そんな中、テッドとロゼッタの二人は約束の石板をじっと眺めていた。グレミオの字は黒くくすみ、残る枠はあと一つとなっている。

「ここで一体何してるのさ。」
「あ、ルック。いやー、ちょっとこれが気になってさ。」

 そんな2人に声をかけてきたのは、これをティルに譲り渡したレックナートの弟子であるルックだ。そんな彼にロゼッタは自分達の名前が刻まれていないことが気になったのだと話す。ロゼッタ本人はもとより、テッドも150年前の戦いでは宿星の一人だったが、今回は石板に刻まれていないようである。

「あんた達は本来ここにいない存在なんだから当然だろう。」
「お前、もっと言い方ってものがあるだろ。」

 相変わらず口の悪いルックにテッドは顔をしかめる。だがルックが言っていることは間違っていない。ロゼッタは異星の渡り人であり、運命に捕らわれぬイレギュラーな存在だ。そしてそんな彼女に助けられたテッドは、本来あの地でソウルイーターに喰われるはずだった。

「それにこれは名簿じゃないんだ。解放軍全員の名前が刻まれているわけじゃない。」

 石板の枠はたったの108であり、解放軍の仲間の数よりはるかに少ない。冷静に考えれば名前がない方が普通なのだ。

「そうだとしても私達に限らず、サンチェスさんの名前もないってのは少し意外じゃない?」

 それはロゼッタのなんてことない疑問であった。

記された名前
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