天文世界 39

 現在解放軍は約一万人規模の軍勢となったが、それでも帝国軍と総力戦となれば厳しいものがある。あちらも本気で解放軍を叩き潰そうと動き足しているのだ。モラビア城のカシム軍とシャサラサードのソニア軍が同時に攻めてきたら流石にもたない。
 そこで解放軍は帝国の西端に位置する竜洞騎士団と共闘同盟を結ぶことにした。今まで中立を保ち続けた彼らの協力を得ることができれば、大きな戦力となるだろう。誇り高い彼らがどこまで取り合ってくれるか不明だが、ハンフリーと団長は旧知の仲だ。
 同盟交渉はハンフリー、ティル、フリック、ロッテ、ロゼッタの5人で向かうことになった。

「うーん、今度こそミナが見つかるといいんだけど。」
「いないと言い切れないのがミナの凄いところだよね。」

 あははと苦笑するロッテにロゼッタは思わずそうこぼす。今回の件に彼女が付いてきたのは本人の弁通り、行方知れずの飼い猫を探すついでだ。初めてあったときもそうだが、彼女のペットはとにかく遠くに逃げ出す癖がある。カクの町に戦士の村、果ては山を越えた先にあるドワーフの村。本当に同一猫かと疑ってしまいたくなるが、同じ首輪をしていることから間違いないようである。ミナをロッテを飼い主と認識しているかどうかも怪しいが、何事もなかったかのようにフラっと戻ってくることも多いらしい。それはつまりほっといてもいずれ戻ってくると言うことなのだが、やはり飼い主としては心配になるようである。

「ロゼッタは何か飼ったりしないの?」
「うーん、動物は好きだけど流石にこっちでは……。」

 ロゼッタも犬や猫をはじめ、ウサギやハムスターといった愛玩動物は普通にかわいいと思っている。しかしこの世界では自分の家というものを持っておらず、解放軍としてあちこち動き回る彼女がペットを飼うのは難しい。

「ムササビとか可愛いし、いいなーって思うけどさ。」
「あ、それは分かるかも。」

 モンスターながらくりくりした瞳が愛らしい彼らは存外人懐っこい。地域によっては彼らと共存している村も少なくない。
 ぜひとも彼らのフワフワ毛並みを堪能したいものだと夢見ながら、ロゼッタは歩むのだった。



 そんな気の抜ける会話をしつつ竜洞入り口に辿り着いた一行だが、さっそく問題が起きてしまう。

「ここから先は皇帝陛下より、許された竜洞騎士団の領地なり。いかなる者であろうと、入ることまかりならん。」

 問答無用で門前払いをくらったのである。しかしここではいそうですか引き下がるわけにはいかないと、こちらも食い下がる。

「私は元帝国軍百人隊長ハンフリー・ミンツ。竜洞騎士団長ヨシュア殿に、取り次ぎをお願いしたい。」
「例え皇帝陛下であろうと入れるなというのが騎士団長からの命だ。」

 しかし門番は言伝すら断ると言い放つ。皇帝ですらも拒否するとは尋常ではない。

「ティル、これは何かあったんじゃないか。少し情報を集めよう。」

 そこでフリックが提案したのはここから一倍近いアンテイで情報収集をしようというものだった。




 道を引き返しアンテイに辿り着くと、繁華街の方が騒がしい。何かトラブルだろうかと一行が近づくと、くねくねした貴族風の男とレストランの店主がもめている姿があった。

「てめえ、食い逃げの癖にシラを切る気か!?ふてぇ野郎だ!」
「ノン、ノン、ノン。これだから庶民は困るなぁ。私は、しばらく借りにしといてあげますと言ってるんです。この私、帝国貴族ヴァンサン・ド・ブールに貸しを作ることができるんですよ。」
「まだそんな口を聞くってのか?貴族様ってんなら、たった200ポッチくらい払えるってんだろ。」

 どうやら原因は男の未払い金であり、はたから見る分には明らかに店主の方が分がある。店主が運営するレストランはティルも利用したことがあるが、高級料理店というわけではなくむしろ手ごろな部類だ。露骨に貴族アピールするような人間が利用するような店ではない。

「おお、それを言われると心苦しいものがあります。私も持ち合わせがあれば、いくらでも払ってあげるのですが、先ほど恵まれない子供に全てあげてしまったところでして……。」
「やっぱり貴族なんて口から出まかせだな!」

 それでもヴァンサンという男は作り物めいた美談を語るものだから、店主が顔を真っ赤にして怒るのも無理はない。
 そういえばグレッグミンスターでも食い逃げするために指名手配犯を手助けした熊もいたなと、今はいない彼をティルは思い出す。

「おい、何をしているんだ。」
「うるせぇなぁ、あっちに……。あ、これは解放軍のリーダー、ティル様じゃないですか。」

 フリックが見かねて声をかければ、店主ははっとした顔で振り返る。つられてこちらを見たヴァンサンにティルは嫌な予感がはしる。

「ティル?テオ・マクドールどののご子息、ティル・マクドール殿ですか?私は帝国内を遊学中の帝国貴族ヴァンサン・ド・ブールであります。以降お見知りおきを。」
「ご丁寧にどうも……。」

 帝国から追われるようになって久しい感覚だが、ヴァイサンはティルの苦手とする人物だった。わざわざ父の名をだす人間など禄でもないことが多いからだ。今となっては解放軍リーダーとしての肩書の方が有名だろうに。
 思わず顔を引きつらせるティルの心情など意にも介さず、彼は更に話を続ける。

「いえいえ、お互い高貴なものとして仲良くしようじゃありませんか。つきましては少しばかり、金をかしていただきたい。この男は、私を疑っているようで……。私は、これから竜洞騎士団のヨシュアを訪ねようと思っているのです。そういうわけでこれにて失礼させてもらいます。」
「なんだあ、あいつ……?」

 捲し立てるように言いたいことだって去っていたヴァンサンに、フリックもあっけにとられるしかない。

「あのー、ところでどなたが飯代を払っていただけるのですか?」

 その結果、彼の未払い金を何故かこちらが肩代わりすることになってしまったのだが。

「あの華美なアクセサリーを代金変わりに渡せばよかったんじゃないかなぁ……。」

 ロゼッタは小さくそう呟くのだった。

石頭とペテン師
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