天文世界 40

 肩代わりした代金は大したものではなかったからよかったものの、ヴァンサンには一言文句言わねば気が済まない。それに騎士団長に会いに行くと言った彼の言葉も気にかかる。
 一行が彼を追いかけて竜洞入り口に向かうと、案の定今度は門番ともめていた。

「このヴァンサンはヨシュアの特別な友人なのです。それを追い返したとなれば、ただではすみませんよ。貴方、新人ですよね。今なら許してさしあげます。」
「私はここを任されてから既に5年経っています。」
「おお、そうでした。前にここを訪れたのは5年と一か月前でした。」

 本当によくまわる舌である。胡散臭いこと極まりないのにここまできたらいっそ天晴れだ。ロッテは彼と一度話したら親友扱いなのではないのかと小声でツッコミをいれる。

「おや、これはまた先ほどぶりですね。こころの友、ティル殿も騎士団に用があって?それなら、無駄のようですよ。この石頭の門番が相手では埒がありません。」

 それが聞こえていたのだろう。こちらに気が付いたヴァンサンはやれやれと両手をあげるが、ティルとしては勝手に心の友扱いしないでほしいところである。この手の人間には何をいっても暖簾に腕押しだと分かっているから、いちいち反論する気もおきないが。

「しかし我々はヨシュアに会わねば……。」
「おや、どこかで見たと思えば、帝国百人隊長の中でもその名を轟かせていたハンフリーじゃないですか。そうですか、あなたまで解放軍に……。」

 ヴァンサンはなるほどなるほどと頷く。

「心の友よ、いいことを教えてあげましょう。ついて来てください。」

 ヴァンサンが彼らに教えたのは竜洞の隠し通路の入り口だった。




 竜の石板に隠された通路の奥はじめっとして、独特の臭いが漂っていた。ちなみにこの道を教えたヴァンサンは貴族たるものコソコソするわけにはいかないと別行動だ。ティルとしてもあまり関わりたくないのでそちらの方がありがたいが、最後までツッコミどころが多い男である。
 そんなわけで一行だけで通路を進むがなにかがおかしい。飛び出してくるのはモンスターだけで、竜の姿がなかなか見当たらないのだ。まさか嘘の情報をつかまされたかと疑っていると、洞窟の中でも特に開けた場所でその答えはあった。

「これは……。」

 昼間だと言うのに何匹、何十匹もの竜が眠りについていたのである。予想外の光景に寡黙なハンフリーも思わず声をもらす。

「貴様ら、そこで何をしている!」

 その声を拾い上げたのだろう、竜たちに寄り添っていた一人の女性がこちらに気が付いて威嚇してきた。事情があるとはいえ侵入者であることに違いないので当然といえば当然だ。
 さてどう弁明しようかと思っていると、彼女の連れがティルに気が付いた。

「もしかして、ティル?どうしてこんなところにあんたがいるんだ?」
「やあ、フッチ。ちょっとこっちに用があってさ。」

 かつてグレッグミンスターから魔術島まで送ってくれた竜騎士の少年だ。
 彼らのやり取りを見て女性もティルが噂の解放軍リーダーと気が付いたようで、ひとまず殺気を治める。

「にしてもなんでこの竜たちは全部寝てるんだ?竜ってこんな寝坊助なのか?」
「……!」
「……解放軍の一行が、騎士団領に一体なのようなのです。」

 一行の疑問を代弁するフリックにフッチは言葉をつまらせ、女性は再び顔を険しく毅然とした態度で問い返す。どうやら騎士団にとっても竜たちの状態はただ事ではないようである。

「私は元帝国軍百人隊長ハンフリー・ミンツです。騎士団長ヨシュア殿と会いたい。」
「……わかりました。この様子を見られた以上、ヨシュア様に報告しなければなりませんから。」

 騎士団副団長のミリアは詳しい話は団長から聞くといいと、一行を洞窟を抜けた先にある騎士団の館に案内した。




 ヨシュアはハンフリーの姿を目に入ったとたん瞬間破顔した。どうやら2人が親しい仲というのは本当らしい。

「ハンフリーじゃないか、久しぶりだな!心配していたぞ、あのカレッカの事件以降全くの行方知れずだったからな。」
「色々あってな。」

 カレッカの事件の真相はティル達も知っている。その事件にマッシュとハンフリーが関わっていたことも。彼にとって今ここで掘り返したくない話題だ。

「ヨシュア、こちらが解放軍を率いるティル殿だ。」
「初めまして、ティル・マクドールです。」
「あなたが噂の……。私は騎士団長のヨシュア。解放軍の活躍はかねがね聞いてますよ。」

 改めてハンフリーの紹介により互いの自己紹介をすませば、社交辞令はそこそこに本題をきりだす。

「今日は大事な話があってきた。」
「大事な話?」
「解放軍に力を貸していただけませんか。」
「解放軍に、ですか……。」

 ハンフリーに首を傾げるヨシュアにティルが単刀直入にいうが、ヨシュアに難色を示す。別に彼らに協力すること自体は問題ないのだ。竜洞騎士団の間でも今の皇帝、ひいては帝国に対して不満が溜まっている。
 しかし協力しないのではなく、出来ない理由が彼らにはあった。

「何か困ったことでも。竜たちが全部眠っていたことに関係が?」
「あれを見たのですか。それを知られないために誰も入れないようにしていたのですが。」

 フリックの指摘に知られたのならば仕方ないとヨシュアは騎士団の現状を話し始めた。
 ことの始まりは3か月前、たった二匹を除いて突然竜たちが眠りについて目を覚まさなくなったのだ。声をかけても体をゆすっても、その体を起こそうとしない。一瞬まぶたをあげたとおもっても、すぐに意識は闇に落ちてしまう。あきらかに普通ではないと医者を呼んだが、どんな手を使っても誰も治すことがきなかったのだ。

「神医と呼ばれたリュウカン殿なら治せると考えたのですが、連絡をとることすらできなくて、こちらもほとほと困っているのです。」

 それは解放軍で最も頼りになる医者の名前だった。

眠る揺り籠
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