天文世界 38
テンガアールの無事を確認し、居城の外で待っていた戦士達は歓喜に沸いた。
「ティル様、本当にありがとうございます。我ら戦士の村の一同は解放軍に従いましょう。我々の力が必要なときはいつでもお呼びください。」
彼らの協力を得られるようになったのは解放軍としても大きな成果である。彼らの実力はヒックスやフリックで既に証明済みだ。 今晩は戦士の村で休んでから本拠地に戻ろうと話し合っていると、ビクトールが突然かしこまってティルに頭を下げる。
「ティル、いや、ティル様。俺は長い間、ネクロードを追って旅を続け、ついに復讐を果たすことができました。それを今はなき故郷へ報告しにいこうと思っています。必ずまた解放軍に戻ってきますので、今しばらく軍を離れることをお許しください。」
ビクトールはオデッサがいたころかの付き合いだ。そんな彼を一時とはいえ手放すのは惜しいものがある。しかし、ここで無理に彼を引き留めるのも酷というものだろう。
「わかった、早く戻れよ。」 「ビクトール、お前がいないのは解放軍にとっても痛手になるな。」 「ああ、分かってるさ。俺様がいなくちゃ解放軍も締まらねえからな。」
ティルの隣で苦笑するクレオにビクトールも大口を叩く。 そんな彼らに向かってテンガアールが手をあげる。
「大丈夫だよ、その熊みたいな人の代わりに私が解放軍で戦ってあげる。」 「ええ!?ま、待ってよ、テンガアール!」 「駄目よ、ヒックス。もう決めたんだから、それに君も一緒に来るんだよ。」
そんな話きいていないとヒックスが慌てるが、テンガアールの意志は変わらない。
「行くがいい、ヒックス。お前は戦士の儀式は済ませたが、成人の試練を受けていない。」
ためらうヒックスの背中を押すのはゾラックだ。
「それに引き留めても我が娘は飛び出してしまうだろう。テンガアールを守ってくれるか、ヒックス?」 「は、はい。」
こうして一時離脱するビクトールに代わって、テンガアールとヒックスの二人が解放軍に参入することになった。
ロリマー地方から本拠地に移り住んだのはテンガアールとヒックスだけではなない。クロン寺にいたユーゴは読書家であり、大量の本を引っ提げてやってきた。3階の一角にある彼のスペースには、古今度東西様々なところから集めた本が並んでおり、知的好奇心をくすぐるものがある。ロゼッタもその一人であり、図書館と化したその場所を訪れいた。
「もしよかったら、ロゼッタさんの本を僕に譲ってくれないかな?」 「嫌です。」
そしてユーゴもまた、ロゼッタが持っている本に興味を示したのである。
「そこをなんとか……!」 「何度頼まれても無理ですって。そもそもこの本はこの世界のものと文字が違いますし、私しか読めませんよ。」 「それもまたロマンというものだよ。それにロゼッタさんが翻訳してくれたら問題ないからね。」 「この分厚さを解説しろって拷問じゃないですかー、やだー。」
どんな無茶振りだとロゼッタはげんなりとした顔をする。 ユーゴが彼女にお願いしているのは、ロゼッタが通っていた魔術学校で使用していた教本や辞典であり、この世界において(おそらく)二つとないものだ。教育用とはいえ専門書であるそれらは一冊一冊が分厚く、情報量も相当だ。彼女の魔術鍛錬に欠かせないものである。ほいほいと人にあげられるはずもない。
「それならちょっと貸してくれるだけでいいんだ。写しが完成したら返すからさ。」 「それっていつ返ってくるか分からないやつですよね!」
この分厚さと量、写すだけでもどれだけ時間がかかるか分かったもんじゃないとロゼッタは図書室から逃げ出した。彼に託すぐらいなら、合間を縫って数ページずつでも自分で写しを作成するほうがましである。 そもそもロゼッタの魔術と紋章術は原理が異なるのだから、この教本を本来の用途で活用できるのは彼女のみである。
それからしばらく経ったころ、とある問題にロゼッタは頭を抱えていた。
「最近解放軍のあちこちで生暖かい目で見られるんだけど。」 「奇遇だね、俺もだよ。特にロゼッタと話しているときに。」
ティルとロゼッタの間に微妙な沈黙が流れる。原因はロゼッタがティルを人生の相棒だとの、半身だとのと表現したことにある。 ことの切っ掛けであるカスミは決して口が軽いわけではなく、むしろ忍びらしく固い部類だ。しかし当人が誰であろうと聞かれたら答えるタイプなら機密も何もあったもんじゃない。
「まさかこんな形に噂が広まるとは……。」 「むしろどうして広まらないって思ったのか不思議だよ。」
恥ずかしげもなくあんなこと言っておいて今更頭を抱えるロゼッタの思考回路がティルには理解できなかった。年頃男女からそんな言葉が出たら、周囲がそういう関係だと勘繰るのも当然だ。
「だって他に言い様がなかったし。ティルがいなきゃ私もここにはいないよ?」 「……だから、そういうところ。」 「あで」
狙ってるのか狙ってないのか、こりない言い回しをするロゼッタにティルはデコピンをかます。普段ふざけた言動をとるくせに、こういうときだけは真っすぐと飾らない言葉で思いを伝えるのだから質が悪い。 それに人の噂も75日と普段から言っている彼女のことだ。頭を抱えているが、いうほど気にしていないのだろう。
「俺もロゼッタと一緒にいられるなら相棒でも半身でも、それこそ噂通りの関係でもいいって思ってるけどさ。」
そうため息しながらこぼしたティルの本音にロゼッタは一瞬固まる。
「ティルってばずるい男だー。」 「そんなのお互い様だろ。」 「うん、そうだね。でもそんなティルも好きだよ。」
結局のところ、この二人は似た者同士なのだ。
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