天文世界 36

 クロン寺でティル達を出迎えたのは赤橙の袈裟を纏った僧侶だった。

「お待ちしておりました、星主殿。」

 しかしティルを真っすぐ見つめて言う彼の言葉は聞きなれぬものである。

「星主、なんだそりゃ?ティルのことを知ってるのか?」
「勿論です。ティル殿は我ら天地108星を導くお方なのだから。」

 なんだこいつと不信感を隠しもしないビクトールに、フッケンと名乗る僧侶は至って真面目に返した。
 彼曰く、ビクトールは天孤星、クレオは天満星、カスミは地急星、そしてフッケンは地獣星のもとに生まれた存在らしい。

「そして我ら108星は再び天魁星ティル殿のもとに集う、これもまた天命だとお知りください。……異星の渡り人を除いて。」

 フッケンの視線がちらりとロゼッタに向けられる。敵意は感じられないが、値踏みされているようであまり心地よいものではない。レックナートも異星の渡り人と呼んでいたが、不確定因子である彼女がどのような影響を及ぼすのか見極めようとしているのだろうか。
 その視線から庇うようにティルは一歩前にでて本題を切り出す。

「フッケン殿、俺達はネクロードを倒す手がかりがあると聞きここに来ました。」
「ええ、存じておりますとも。ご案内しましょう。」

 フッケンが一行を連れて案内したのは寺の裏手にある祠に隠された洞窟だった。

「この奥に貴方達に必要なものがあります。しかしティル殿、この奥に貴方を待っているものは一つだけではない。そして貴方はそれを受け入れなければならないのです。」

 意味深な言葉と共にフッケンに見送られ、一行は過去の洞窟に乗り込んだ。
 紋章で全体攻撃をしてくるモンスターを倒しながらたどり着いた最奥に、台座に突き刺さった立派な大剣がそこにあった。

「お、これがあのじいさんが言っていたやつか。」
「おい、無暗に近寄るな。」
「なーに、大丈夫大丈夫。」

 クレオの忠告も無視してビクトールは大剣に近寄る。
 まさか、剣がひとりでに動き出し話すとは思いもしなかったのだから。

『私の眠りを覚ますもの、その呪いをうけるがいい。』
「え。」

 雷鳴と共に体験から放たれた闇に一同は飲み込まれた。



 闇に飲み込まれたビクトール達は、気が付くと300年前に存在した小さな村に迷い込んでいた。
 そこでまだ何も知らぬ幼いテッドと出会い、ティル達は全ての始まりに立ち会ったのである。小さな村は紋章を狙ったウィンディに焼き払われ、先代からソウルイーターを託されたテッドの長い旅が始まったのだ。
 その一方、一人洞窟に取り残されたロゼッタは元凶の大剣を問い詰めていた。どうやらこの喋る剣の正体は真の夜の紋章らしく、ティル達を過去の時代に送り飛ばしたらしい。為すべきことをしたら元の時代に戻れるらしいが、真の紋章の力が効かないロゼッタは1人ここに取り残されたというわけだ。

『説明はしたんだ、さっさと私から手を放せ!』
「やなこった!真の紋章だか星辰剣だか知らないけど、ただの話せるだけの剣の癖に偉そうにしやがって!」
『それは異星の者である貴様が私の力をかき消しているからだろうが!』

 その腹いせと言わんばかりにロゼッタは夜の紋章こと星辰剣をぶんぶんと振り回していた。どうやら剣の姿をとっていてもロゼッタの魔力に対してはまったくの無力であることに変わりないようである。

「……ロゼッタ、何してるの?」

 いつの間にか戻ってきたティル達は、ぎゃいぎゃいと騒ぐロゼッタと星辰剣に呆れた顔をするのだった。




 ともかく星辰剣ならばネクロードを護る紋章を破れるのは確かなようだ。過去から現代に無事戻ってきたビクトールを持ち主として認めた星辰剣を携え、一行は再び戦士の村に戻るとそこにはゾラックが広場に村の戦士たちを集めている姿があった。なんでもネクロードから結婚式の招待状とやらが届いたらしい。
 もはや時間がないとティル達も彼らと共に向かうと、いかにもといったゴシックスタイルの城が天を貫いていた。戦士たちは早速乗り込もうとするが、ネクロードもそう簡単に花嫁を返すはずもない。

「おやおや、人の結婚式に武器を振り回して現れるなんて無礼にも程がありますよ。」
「何を言うか、テンガアールを返せ!」
「そうはいきませんよ、あの娘は私の大事な花嫁ですからね。」

 上空から蝙蝠の姿になって降りてきたネクロードは、吠えるゾラックに結婚式は夕日が沈むころに行うと宣言する。それまでに最上階にいるテンガアールを連れ出すことができなければ、彼女の血は彼に奪われる。

「ティル、貴方は解放軍リーダーですね。あなたを今回の主客として招待しましょう。そうそう、この城は招待された者とお連れ様しか入れませんので……。」

 言いたいことだけいってネクロードは再び姿を消した。
 村人たちは馬鹿にするなと門に突撃するが、結界のようなものではじかれる。どうやら彼の言ったことは嘘ではないらしい。

「ティル様、これは罠です。解放軍のリーダーとして、それで……。」
「だが俺達が行くしかないようだぜ。」
「見たところ結界は全体を包みこんでおり、他の侵入経路もなさそうですね。」

 クレオの言う通りこれは罠なのだろう。300年前の隠された紋章の村でネクロードはウィンディに従っていた。おそらくティルを誘い出しソウルイーターを奪い取るつもりだ。
 しかしビクトールの言う通り結界がある以上、村の戦士達では城の中に入ることすら不可能だ。カスミも相手の策に乗るしか方法はなさそうだと頷く。忍として主君を危険に冒すのは心苦しいが、解放軍としてテンガアールを見殺しにするわけにもいかない。

「行こう、そのために俺達はクロン寺で星辰剣の協力も得たんだ。」
「ま、待って、待ってください!」

 迷う理由なんてないと一歩踏み出したティルを一人の少年が引き留めた。

「ティル様、僕も、僕も連れて行ってください!」
「無理をいうな、ヒックス。それにお前はまだ戦士として認められていないだろう。」

 テンガアールと絶対助けると約束したヒックスだ。しかしそんな彼をゾラックが、ティルの邪魔をするなと窘める。ヒックスはまだ自分の剣に名前を付けられない半人前の戦士であり、村の掟で戦いに出ることはできない。

「た、確かに僕はまだ一人前じゃないし、強くもありません。でも、でもテンガアールだけはこの手で助けたいんだ。彼女と約束したから、彼女との約束だけは……。だからお願いします、ティル様。」

 ヒックスの声は震えていた。ネクロードが村に現れたときも、今この瞬間も恐怖心を振り切れていないのだろう。それでもその目には信念が宿っている。

「わかった、ついてこい。」
「あ、ありがとうございます!」

 約束を守りたい、大切な人を助けたい。その気持ちをティルも痛いほど知っていた。

少年の決意
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