天文世界 35
夜が明けて朝食もゾラックの家で済ませたころ、町の入り口が騒がしくなった。何事だと一同が武器片手に騒ぎの中心に向かえば、ゾンビを連れた如何にもといった風貌の吸血鬼が立っていたのだ。
「何をしに来た、ネクロード!」 「勿論娘さんを迎えに来たのですよ、それぐらい分かるでしょう。」
武器を携えた戦士たちに囲まれてもネクロードはうやうやしく頭を下げる。その余裕綽々な態度はゾラックの神経を逆なでさせた。
「テンガアールは渡さんぞ!」 「そ、そうだ!大体昼間にやってくるなんて吸血鬼なんて非常識だぞ!」 「非常識?そういわれましてもね、私は紋章を使って吸血鬼になった由緒正しい吸血鬼なので。」
ゾラックに追従して非難するヒックスに、ネクロードは自分はそこらの半端者と違って太陽の光ぐらい平気なのだと語る。それでも日中は眠くて仕方がないらしいが、こちら側としては知ったことではない。
「とっとと帰れ!戦士の村の力、思い知るがよい!」 「ネクロード、俺はやっと貴様に追い付いたんだ!逃がしはしない!」 「全く乱暴な人達ですね。しかし人間の力などたかが知れている。」
ゾラックに続き、村人ともにビクトール達もネクロードに武器を振り上げる。 しかし関所の帝国軍をたった一人で壊滅させたネクロードの強さは本物だった。というのも何か不思議な加護で守られ、こちらの攻撃が一切効かないのである。そのうえ彼の放つ魔法は強力で、村の戦士ともどもビクトール達は全く歯が立たず気を失った。
「おやおや、このようなこともあるのですね。」
ロゼッタ一人を除いて。 ネクロードの魔法は彼女にほとんど傷を付けることなくかき消され、ロゼッタの魔術もまたネクロードに触れることなく霧散した。味方を守るために展開した光の盾も、彼が魔術を放てば一撃で粉々となる。ルックやティルと同じ現象がおこることから、おそらく彼の言う紋章は真の紋章の一つなのだろう。
「私の手下達を一瞬で灰にした貴方の光は忌々しいですが、私自身に効果がないのならば敵ではありません。」
彼が連れたゾンビたちはロゼッタの得意とする神聖術で一掃できたものの、彼にとってゾンビ達は所詮捨て駒であり、掃いて捨てるほどいるのだ。気に留めるほどの存在ではない。
「それに貴方だってこの少年を殺したくはないでしょう?」 「ヒックス!」
ネクロードはテンガアールを庇うように立っていたヒックスに指先を突きつける。至近距離で先ほどの魔術をくらえば、それこそ即死しかねない。テンガアールが彼の名前を呼ぶが、ヒックスは彼女の前から動こうとはしなかった。
「テンガアールは渡さない……!」 「この惨状でもそう言えるのは流石戦士の村の少年といったところでしょうか。しかし足が震えていては様になりませんね。」
本当は死にたくないのでしょうと指摘するネクロードの言葉は図星であった。命あるものとして当然の感情だ。 そんなヒックスを押しのけてテンガアールはネクロードの目の前にたつ。
「僕がいけば村の皆を傷つけない約束だよね。」 「もちろんそうですよ。私は約束はきちんと守る主義ですから。」
それならいいとテンガアールはネクロードの手を取る。
「テンガアール!絶対、絶対、絶対に助けに行くから!」 「うん、待ってるよ。ヒックス……。」 「さて行きますか、私のかわいい花嫁よ。」
悲痛な声で叫ぶヒックスにテンガアールはニコリと笑い、ネクロードに連れ去られた。
ネクロードが立ち去ったあと、女性達の手当てのかいもあって見な無事に意識を取り戻した。しかし連れ去られたテンガアールを救出しようにも無策で行けば再び返り討ちされるだけである。 そこでゾラックが思い出したのは、ここから西にあるクロン寺に保管された剣だった。夜に生きる者に対して圧倒的な力を見せつけるという伝承はどこまで本当の話なのか分からない。しかし他に宛があるわけでもないと、ティル達はクロン寺を目指して出発した。
「ところでビクトール、ネクロードをずっと追いかけていたとか言ってたけど何か因縁でもあるの?」 「あー……、そういやお前には話してなかったな。」
もっともな疑問をぶつけるロゼッタに、ビクトールはがしがしと頭をかく。昨晩ティルに話したことで、全員に話したつもりになっていた。
「俺の生まれ故郷はネクロードせいで全滅したんだ。」 「え……。」
あれほどの怒り様だったのだ。何かしら事情はあるのだろうと思っていたが、相乗以上に重い話にロゼッタは言葉を失う。 ある日ビクトールが出かけ先から村に戻ると、そこは変わり果てた家族や友人達が互いに食いあう姿があったのだ。ネクロードの紋章により自我を奪われ、ゾンビに帰られてしまったのである。
「俺の旅はあいつらの仇を取るために始まった。」
次の犠牲者を出さないためにも、今度こそビクトールはネクロードを打倒さなければならない。
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