天文世界 34

 本来なら戦士の村出身であるフリックにもついてきてほしかったが、村の風習によりまだ帰れる立場でないらしく断られた。なんでも戦士の村の男は一度修行の旅に出るとそれに見合う成果を得るまで戻ってはならぬ伝統があるらしい。
 戦士の村はその名前にふさわしく、他とくらべガタイの良い男が多い村だった。

「やめなよ、テンガアール。行っちゃだめだよ。」
「放してよ、ヒックス。僕はもう行くって決めたんだからかね!」

 村の中央広場ではヒックスと呼ばれる少年とテンガアールという名の少女がもめていた。血が吸われるだの、城に連れていかれるだの、何やら不穏な単語が聞こえるが一体何があったのだろう。
 そんな言い争う二人の間に割って入るように現れたのは1人の老人だった。

「テンガアール!あれほど家を出るなといっただろう!いつネクロードが来るかわからんのに!」
「何い!ネクロードだってぇ!?」

 しかし今度はビクトールが老人に詰め寄ったのだ。老人は突然現れた大柄の男に目を白黒とさせる。いまここで住民とトラブルを起こすわけにはいかないとティル達も彼らのもとに駆け寄った。

「おい!おっさん、今ネクロードって言ったか!」
「なんだ、お前らは?」
「うるせえ!聞いてるのはこっちだ!答えろよ!」
「ビクトール、落ち着け。どうしてそんなに興奮しているんだ?」

 老人がわけからないと戸惑っているのにも関わらず問い詰めるビクトールをクレオがなだめる。彼がこんな風に怒りを露にするのはスカーレティシア城の時ぐらいだ。ネクロードの一体何が彼をここまで怒らせているのだろう。
 周囲のそんな疑問をよそに、ふとヒックスが思い出したように声をあげる。

「もしかしてこの人たちは解放軍の……。そうだ、僕見たんだ。ミルイヒの城を解放軍が攻め込むところも。このクマみたいな人も見たことあるよ。」
「クマだってぇ?」
「お、怒んないでよぉ。」
「止めろ、ビクトール。」

 今度はヒックスに標的を変えたビクトールをティルが窘める。熊という表現はぴったりだなとティルも内心思ったが、今話したいことはそれではない。
 そんな彼らのやりとりに老人もようやく腑に落ちたようである。

「なるほど、解放軍の方々でしたか。つまり、貴方がリーダーのティル殿ですね。」
「ええ、その通りです。よろしければ先ほどおっしゃられていたネクロードについて詳しく聞かせていただけませんか。」
「なるほど、私はここの村長のゾラックと申します。せっかくですから私の家にいらしてください。ネクロードの話もそこでしましょう。」

 そういってゾラックはテンガアールの手を引きながら、村で一番大きなログハウスの中に入っていく。ヒックスとティル達も彼の後を追った。




 ゾラックによると事の始まりは三日前にさかのぼる。自ら吸血鬼と名乗ったネクロードはたった一夜にしてロリマーの要塞を落とし、帝国兵たちをゾンビに変えて自分の手下としたのである。それだけに飽き足らず、周辺の村々に花嫁という名の生贄を要求し始めたのだ。
 そしてここ、戦士の村でネクロードに選ばれたのはゾラックの孫娘、テンガアールだった。生贄をださねば村を滅ぼされるのもあって他の村は若い娘を差し出したが、戦士の村の誇りのためにも大人しく従う気はないと息巻いている。

「そもそもこの村は聖戦士クリフトが最後の戦いの後、この村を開き、代々クリフトの末裔である我ら戦士の村の一族によって守られて来た村であって」
「うわあ、始まっちゃったよ。僕は知らないからね。」

 ついには戦士の村の歴史を語り始めたゾラックにテンガアールはため息をつく。
 結局その長ったらしい話から解放されたのはすっかり日が暮れたころだった。もう今日も遅いと言うこともあり、今晩はゾラックの家で休ませてもらうことになった。とはいえ寝るにはまだ早く、それぞれ思い思いに過ごしている。クレオはヒックスと、ティルはビクトールとそれぞれ話しているようだ。カスミの姿は見当たらないが、もしかして屋根の上にいるのだろうか。本拠地でもよく屋上で外の見張りをみかけるため、あり得る話である。そう思ってロゼッタも一度外に出ようとドアノブに手をかける。

「ロゼッタ様、いくら町中とはいえ夜中に一人出かけるのは危険です。」
「ひょえっ」

 まさかその本人が背後に立っているとは思っていなかったので、ロゼッタの心臓は一瞬止まりかけるはめになったのだが。





 カスミにとってロゼッタはどこか掴みどころのない人物だった。それは忍も同じことが言えるのだが、それは己が役目を全うするためである。策士でも密偵でもないロゼッタとは根本的に異なった。それに彼女は"悟らせない"のではなく"掴めない"のだ。まるで水を掴んでいるかごとく、掴めたと思ったら手から零れ落ちていく。
 普段は人畜無害な顔をしているのに、いざ戦場となれば(瀕死に止めることが多いが)容赦なく敵を吹き飛ばし、戦後は戦死者の弔いも積極的に行う。誰より子供っぽく振る舞っている一方、ほんの一瞬だけ誰よりも冷たい目をすることもある。そのコロコロと変わる切り替えの早さは、二重人格ではないのかと疑いたくなってしまうほどである。
 そして彼女はティルがもっとも気にかけている人物でもあった。

「ロゼッタ様はティル様をどう思われているのですか。」
「Oh,いきなり直球勝負。」

 カスミも不躾だと分かっていたが思い切って尋ねてみれば、ロゼッタは酸っぱい顔をした。
 今まで何度もぶつけられたその質問にロゼッタも今更気分を害しはしないが、誰もが納得できる答えを持ち合わせていないのが現状だった。
 それにロゼッタもカスミがティルに淡い感情を抱いていることは女の勘でなんとなく察している。それ自体はとやかく言うつもりはないが、そんな相手にこの手を質問をされるのは色々心臓に悪いものがある。下手な返答をして痴情のもつれなど御免こうむりたい。
 以前宣言した通りロゼッタにとってティルは運命共同体だ。彼が喜べば自分も嬉しいし、彼が泣きたいときは自分も悲しくなる。もはや友情や恋愛だのという枠組みをこえたそれは一種の依存と言えよう。
 しかしここではぐらかして何も答えないというのは悪手だ。

「う、うーん、そうだなあ。私にとってティルは人生の相棒であり半身だよ。」

 そうして絞り出した答えは余計に誤解を招くもので、二人の関係性に対する新たな認識が爆誕した瞬間だった。

戦士の村
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