天文世界 33

 テオの遺言に従い、アレンとグレンシールが解放軍に入ってから数日が経過した。
 初期のころと比べものにならないほど人が増えたのもあり、本拠地では家事一つとっても大仕事である。それらの仕事は主に非戦闘要員が行うことが多いのだが、あちこちに顔をだすロゼッタも手伝うことが多かった。気が付けばそこにいるものだから、城では神出鬼没のブラウニー扱いである。

「最初はどうしたものかと思ったけど、あんたもやればできるじゃないか。」

 そう感心した様子で言うのはキーロフで仲間になったセイラだ。

「まさかほとんど手作業で洗濯するとは……。」
「タオルならまだしも魔術なんて大雑把なやり方したら服が傷むだろう。」
「プロだ。ここに洗濯のプロがいる。」

 その日もロゼッタはたまたま通りがかったところを自分もやりたいと申し出、水魔術の応用で洗おうとしたところにストップがかかったのだ。現代日本人の感覚で言えば、洗濯機を使おうとしたところを止められたようなかんじである。

「あんたの魔術は確かにすごいけど、それを使うことがいつも最適解とは限らないっていうことだよ。」
「なんか哲学的ですね。」
「そんな大層な話じゃない。それで、干すのも手伝ってくれるんだろ?」
「いいともー。」

 そうして今日も青空の下、色とりどりの洗濯物が風に揺れていく。




 ロゼッタが勉強や訓練する傍ら、あっちやこっちやに顔を覗かせていることはティルの耳にも入っていた。リーダーであるティルの次に軍内の交流が広いのではなかろうか。
 そんな彼女を捕まえようと思うと城中のあちこちを探し回る羽目になる。なんせ決まった行動パターンがないので、今どこにいるのか見当がつかないからだ。目撃情報があっても転移魔術を城内でも使う彼女の場合大して宛にならないことも多い。マッシュが急ぎの連絡があるとき大変だとぼやくのももっともだ。
 今日はセイラの手伝いをしていたと聞き、いくつかある屋上の一つにいけば、風に揺れる白いシーツの陰で微睡んでいるロゼッタを見つけた。

「ロゼッタ。」
「んー……、何……?」
「こんなところで寝てたら風邪ひくよ。」

 物干し場になるだけあって日差しが暖かい場所だが、湖に面している上そこそこ高さがあるため風もよく吹く。起きている分には気にするほどでもないが、昼寝となると体を冷やしかねない。ティルが体を小さく揺らすと、ロゼッタは少し間をあけて小さな欠伸をした。

「珍しいね、ティルから会いに来るなんて。見回りにしては早いし。」
「たまには俺から会いに行くのもいいかなって思ってさ。」

 彼女の言う通り二人はほぼ毎日顔を合わせているが、偶然でもなければティルから会いに行くことはあまりない。先ほど述べた通りロゼッタの居場所は掴みにくいし、ティル自身更に忙しくなったのもある。何よりティルから会いに行かなくとも、いつもロゼッタから執務室に遊びに来るからだ。

「今日の仕事は?」
「机の上に積まれてる。」
「悪い子だ。」

 さらりとサボっていることを告げるティルにロゼッタはニヤニヤと笑う。優等生の彼が珍しい。

「そんな俺は嫌い?」
「別に、むしろそれぐらいが親しみ持てるよ。」

 完璧人間なんて近寄りがたいだけだ。ちょっとぐらい瑕疵がある人間の方が人間性を感じられる。それに討伐軍との戦いから少し落ち着いたとはいえ、ちょっと前までずっとごたついていたのだ。マッシュも少しぐらいなら見逃してくれるだろう。

「……思うんだけどさ、ソウルイーターは私の魂を食べることはないと思うんだ。」
「それは、女の勘?」
「半分はね、でもちゃんとした理由もある。」

 テオの死からあまり日が経っていない今、ティルにとってあまりしたくない話題である。だがロゼッタは今だからこそ伝えたいことであった。
 ルックとジーンにも指摘された通り、ロゼッタの魔力はこの世界において非常に異質だ。それこそ紋章と拒絶反応を起こしてしまうほどに。
 ロゼッタが元居た世界では万物はマナで構成されており、魂も例外ではない。この世界からしてみればロゼッタは魔力が無理やり物質化したようなハチャメチャな存在である。

「そんなもの食べてみなよ、お腹壊すに決まってる。」
「お腹壊すって、まるで人間みたいに……。」
「いや、実際その表現が一番適切かなって。」

 ジーン曰くロゼッタに紋章を宿しても魔力に耐え切れず壊れるだけだと言うのだから、紋章にとってロゼッタは毒としか言いようがないのかもしれない。ならばソウルイーターが好き好んで彼女の魂を捕食することはないだろう。
 もっともソウルイーターが自己防衛のためにロゼッタを排除しようと殺しにかかる可能性はあるが口には出さない。

「だからティルのせいで私が死ぬことはきっとないよ。」

 どうであれ、ティルにとって親しい人だからといってソウルイーターがロゼッタを殺すことはないはずだ。




 破竹の勢いで活動地を広げる解放軍に影響されたのか、解放軍に限らず帝国各地で反乱が活発化していた。それらを鎮めるために地方から帝国軍も中央に集まっているようである。
 そこでレパンドが提案したのは守備が手薄になっているとこを突き、別個に活動している反乱組織を一つにまとめあげることだった。カスミが集めた情報によるとロリマーから帝国兵が引き上げるところを目撃されたという。フリックの故郷、戦士の村がある地方である。
 早速軍勢をまとめてロリマーの要塞に乗り込んでみれば、手薄なんてどころではなかった。人の気配が全くないのである。

「なんだ、まったく手ごたえないな。」
「罠でしょうか?」
「わかりません。カスミ、中を調べてみてください。」
「わかりました、行ってまいります。」

 予想外の展開に首を傾げるフリックとクレオに、マッシュは可能性は否定しきれないとカスミに偵察を頼むひょいひょいと身軽に城壁を飛び越えていく姿は鮮やかだ。
 しばらくして内部から門を開いてカスミが戻ってくる。

「ティル様、内部はもぬけの殻です。帝国兵の姿は見当たりません。」

 その報告にどういうことだと一同は顔を見合わせた。百聞は一見に如かず、周囲を警戒しながら他のみなも門の中へ足を進める。

「なんだあ、こりゃあ?」

 ビクトールがそうこぼすのも無理もない、妙な惨状が広がっていた。このご時世だ、乱戦が起きた形跡があるのはまだ分かる。なぜか墓がすべて掘り起こされているのだ。

「火事場の墓泥棒ってやつかな?」
「……それはないだろう、遺体まで盗むとは考えにくい。」

 ロゼッタの呟きにティルはその可能性は低いと否定する。それに見たところ墓は小さなもので、権力者や富豪のものというわけでもなさそうだ。金目当ての墓荒らしではないのだろう。

「これはただごとではありません。奥に攻め込む前に詳しく調べる必要がありそうですね。」

 マッシュの通り、このまま大軍を連れて奥地に入るのは愚策だろう。
 まずは近くの戦士の村で情報収集をすることになった。メンバーはティル、ビクトール、クレオ、カスミ、ロゼッタの5人である。

無人の道先
prev next

.
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -