天文世界 32
秘密工場で作られた火炎槍はサイズも数も大きく、とても一隻の船で運べる量ではなかった。そこでキーロフにいるクン・トーの協力を得ることをタイ・ホーが提案し、一行は無事火炎槍を本拠地まで運び出すことに成功した。 そして休息もそこそこに、解放軍はあらためて対岸に陣取る討伐軍に挑むこととなる。 ドワーフの設計図を基に作られたそれは焦魔鏡同様、一般的な兵器とは桁違いの破壊力を持つものだった。前回まったく歯が立たなかった鉄甲騎馬隊もまるでアリの群衆である。戦意を無くしたものも容赦なく焼き尽くす様は地獄絵図としかいいようがない。
「テオ・マクドール殿、貴方の軍勢は打ち破られました。ここは潔く降伏してください。」 「何を言うか!わが軍は最後の一兵になってでも降伏などするものか。」 「この命、帝国のため、テオの様のため捧げましょう。」
降伏を促すマッシュからテオを庇わんと、彼の腹心であるアレンとグレンシールが前に出る。しかしマッシュの言う通り討伐軍にもはや勝ち目はない。鉄甲騎馬隊を含むほとんどの部隊が破られ、本陣に乗り込まれたのが何よりものの証拠だ。
「アレン、グレンシール、下がっていろ。」
それでもテオは強い意志を抱えた目をティルに向ける。
「皇帝陛下バルバロッサ様に弓引く逆賊。天下の大罪人、ティル・マクドールよ。このテオ・マクドールが皇帝陛下にかわり成敗する。この勝負。受けてもらいたい。」
ティルはソウルイーターが蠢くのを感じた。 この一騎打ちに勝てば父は死ぬのだろう。そしてソウルイーターは間違いなくその魂を喰らう。紋章に喰われた魂がどうなるのかティルは知らないが、肉親を手にかけたくないことに変わりはない。 それでも、それでも、だ。今ここでティルが背を向けることは許されない。それは今までしてきたことの否定であり、犠牲者を無駄にすることであり、今ここで向かいあう父に対する侮辱となるのだから。
「その勝負、お受けしましょう。」 「ありがたい、いくぞ!」
幼いころから父はティルにとってあこがれの存在であり、いつかその背中を超えたいと思っていた。こうして鎬を削ることでやはり父は強い武人なのだと実感する。直撃こそ避けたものの、火炎槍ですでに体力を消耗しているはずなのに、その太刀筋は揺らぎなく鋭いものだ。 それでも捨て身の一撃を決まり、先に倒れたのはテオの方だった。
「テオさん……!」
その様子を後ろでじっと見ていたロゼッタも、もういいだろうとテオに駆け寄り回復魔術を施そうとする。しかしその手を掴み、ロゼッタを制止したのはテオ自身だった。
「情けは無用だ、ロゼッタ……。」 「何言ってるんですか、このままだと……!」 「私は私の信じるもののために生きた、それだけだ……。」
ロゼッタもまた解放軍に属する身だ。そんな彼女に自分の信念のために命を助けられるわけにはいかないのだと首を横に振る。
「ティル・マクドール……、我が息子よ、強くなったな……。お前も、お前の信じたものため、生きるが良い……。」 「……父さん。」
声が弱くなっていく父にティルが手をのばす。テオも息子の手を振り払いはしなかった。
「アレン、グレンシール、お前たちに頼みがある……。」 「なんでしょうか、テオ様。」 「お前たちには解放軍……、息子に力を貸してやってほしい……。」 「何故ですか!?」
グレンシールに頼むテオの願いにアレンは首を横に振る。 テオは自分の意地のためにバルバロッサ皇帝ただ一人のため戦った。しかしそれにアレンとグレンシールまで付き合う必要はないのである。時代の流れはすでに変わっているのだから、解放軍に協力することが二人のためになるはずだ。
「ティル……、私は……幸せだよ……。父にとって、我が子が自分を超える瞬間を……見ることができるのは……、最高の……幸せだ。」
テオの目はどんどん霞んでいく、ピントの合わない視点に周囲もそれは分かっていた。
「頑張れよ……、我が息子……ティル……。」
テオが息を引き取ると、彼から白い光が放たれソウルイーターに吸い込まれていった。
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