天文世界 31
まずは小手調べと挑んだ鉄甲騎馬隊は想像以上の強さであり、解放軍の被害は甚大だった。リュウカンやロゼッタといった医療班がいつも以上に奔走したのは言うまでもない。最初のスカーレティシア城戦ほどではないが、ロゼッタの消耗も激しかった。リュウカンがいなかったら以前の二の舞になっていただろう。味方に薬師がいたら日頃から薬の製造貯蓄ができるのはやはり大きい。 味方の治療を終え峠も越えたのは、朧月が宙に浮くころだった。それでもパーン部隊は帰ってこない。知らせがない限りあの後彼らがどうなったのか分からない。それでも降り積もる不安にロゼッタが目を閉じようとしたときだった。
「パーン部隊全員の帰還を報告します!」
部下に肩を支えられながら本拠地に帰ってきたパーンに、ロゼッタがなけなしの魔力で回復魔術をいきおいよくブチかましたのは後の笑い話となった。
テオとの一騎打ちに勝利し見逃されたパーンだが、討伐軍の鉄甲騎馬隊の問題は依然として解決していない。そこでフリックが思い出したのは火炎槍だった。ティルがオデッサと共に秘密工場に設計図を託してからかなりの月日が経っている。そろそろ完成しているころだろう。 秘密工場に行くにはまず湖の渦潮をこえて北東にある町キーロフに行き、そこから更に北の山奥を目指す必要がある。渦潮を超えるためにゲンが改造した船は素人が扱えるものでなく、その道中はタイ・ホーも同行することとなる。他のメンバーはティルとフリック、ビクトール、ロゼッタだ。 キーロフから更に北にあるカレッカはかつての戦争ですっかり荒れ果てており、見かけるのはたった数人の男たちとモンスターだけだった。これが味方の手によって引き起こされたというのだが、マッシュが一度前線から引いたと言うのも無理もない。 物悲しい気持ちになりながら廃墟の町を通り過ぎ、森を抜けた先に目的の工場はあった。
「こんなところでうろつきやがって、怪しい奴らだ。ことと次第によっては容赦しないよ!」 「あわわ、山を追い出されたと思ったらこんな大女に捕まるなんて、あっしはなんて不幸なんでしょう!」 「そうだな、こんな大女に捕まるなんて俺も焼きが回ったぜ。」 「だ・れ・が、大女だって!?」
しかし入り口の方がなにやら騒がしい。どうやら大柄の女性と二人のみすぼらしい男がもめているようだ。背が高い女性はそれをコンプレックスにしていることも多いのに、大女なんて貶すような言い方をするなどわざと怒らせているようなものだ。 見覚えのある後ろ姿にティルは小さくため息をついて男たちに近づく。
「ルドン、ケスラー、こんなところで何しているんだ?」 「随分と懐かしい顔ぶれじゃねえか。」
ティルに続きビクトールも彼らに声をかけ、振り返った二人は思わぬ再会に目を丸くする。
「あんた達はオデッサ様といた……。」 「久しぶりー、盗人茶は相変わらず振る舞ってる?」 「うげ、まだ覚えているんですか。」
ケスラーにロゼッタがにこやかに返すと、ルドンはわざとらしいほどビクリと肩を揺らす。あんなことがあって忘れるわけないだろう。オデッサと共にサラディに設計図を届けにいく道中、毒を持ったお茶を盛られるなんてこと。運が悪ければあのまま死んでいた可能性だってある。
「盗人茶……?」 「色々あったんだよ。」
その時居合わせていなかったフリックは何のことだと首を傾げるが、ビクトールがはぐらかす。今でもオデッサを想っている彼に話したら、余計に話がこじれるのは目に見えているからだ。
「それで、どうして2人はこんなところに?虎狼山にいたんじゃないのか。」 「ええ、それが実は……。」
ティルに促されケスラーが事の経緯を話す。なんでも最近になって帝国の山賊狩りが激しくなり、彼らもまた虎狼山から追い出されここまで逃れてきたのである。今までやらかしたことがやらかしたことので純粋な同情はできないが、彼らも苦労しているようである。
「そしたら解放軍が旗揚げしたって話じゃねえか、改めて俺らを解放軍に入れてくれねえか?」 「あっしからもお願いしやす〜。」 「わかったわかった、マッシュ宛の手紙も書いておくから。」
すがりつくルドンを少々うっとおしそうに振り払い、ティルは懐紙にさらさらとルドンとケスラーの入軍許可を綴る。解放軍も大きくなり今となっては手慣れたものだ。
「さっきから話を聞いてりゃ、オデッサだとか解放軍だとか言ってるがあんたら一体何なんだい?」
その様子をじっと見ていた大柄の女性は、そろそろ自分にも説明しろと話に入り込む。そもそものティル達の目的は盗賊組ではなく、工場の方だからありがたい。
「俺はティル・マクドールです。オデッサさんの意志を継ぎ、依頼していた火炎槍を受け取りに来ました。」 「つまりあんたが噂の解放軍のリーダーなのかい!?私はロニー・ベルだ。火炎槍のことなら中にいるモースの親父と話すといい。」
ついてこいと言う彼女の後をティル達も追った。
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