天文世界 23
解放軍本隊と合流したティルは休むことなく、そのままクワンダ・ロスマンのいるパンヌ・ヤクタ城へ攻め込んだ。それでも数としてはこちら側が劣勢であるものの、予想外の人数の襲撃にあちらが動揺している今しかない。 警戒すべきはもちろん焦魔鏡だ。唯一の対抗手段である風火砲は手元になく、それを発動されるより前に本陣に乗り込めるか否かがこの戦いの肝となる。焦魔鏡は圧倒的な火力を持つが故に、敵味方入り混じる前線にはむやみやたらには発動できるものではない。城内となれば尚更だ。 レパンドが突撃部隊を、キルキスが弓部隊、ルックが魔法部隊を率いる後ろで、ロゼッタは救護班と共に負傷した兵士達の治療に奔走する。クリンとジョバンニの2人が入手した情報を頼りに解放軍は確実にクワンダの軍勢を追い詰めていく。
「お、おのれ!こうなったら焦魔鏡で……!」 「くそ、やつは焦魔鏡を使う気だ!」 「こちらも全軍退却しろ!できるだけ散らばるんだ!」
ところが窮鼠猫を噛むといわんばかりに、クワンダは焦魔鏡を起動させたのだ。 それに気づいたバレリアが叫び、マッシュが可能な限り被害を小さくするため指示を飛ばす。しかしよく晴れた空の下では、焦魔鏡の光は予想以上の早さで強まっていく。あたりが閃光が走ったのと同時。
バリンッ
ガラスが割れるような音が辺り一帯に響いたのである。
「はっはっは!人のものを盗むからそんなことになるのだ!」
風火砲を完成させたドワーフ達が駆けつけてくれたのである。
「ドワーフの長老!」 「若いエルフ殿、今度は間に合ったようだな。」
驚いた顔で振り向くキルキスにドワーフは満面の笑みで返す。そこに種族の確執など一切感じられなかった。
自慢の焦魔鏡を破壊され、大きな隙ができたパンヌ・ヤクタ城に解放軍は一気に乗り込んだ。先頭を切るのはリーダーであるティルであり、クロミミとキルキス、バレリアも共に進む。そんな彼らにグレミオとマッシュの采配によりルックも追従する。ロゼッタはまだ味方の救護に追われており、いざとなれば癒しの風で味方の回復ができるルックが駆り出されたのだ。 もはや烏合の衆と化した帝国兵の城を攻略するのはたやすく、敵大将の元を目指す。
「来たな。噂には聞いていたが、テオの息子が解放軍のリーダーとはな。」
クワンダ・ロスマンは砕け散った焦魔鏡の傍で待ち構えていた。流石大将軍まで上り詰めただけあって他の兵と異なり、ここまで追い詰められても彼の堂々たる様は揺らぐ様子はない。
「しかし俺も鉄壁のクワンダと呼ばれた男、再びバルバロッサ様の盾となろう。解放軍リーダー、貴様に一騎打ちを申し込む。」 「……その勝負、お受けしましょう。」
今はまだ代理とはいえティルはすでに解放軍全体を預かる人間だ。クワンダが強敵であることを分かっていても、ここで背を向けて逃げるわけにはいかない。
「ぼ、坊ちゃん……。」 「ここで負けるようならそれまでだってことだよ。あんたも心配するばかりじゃなくて、少しはあいつを信じてやったら。」
それを不安げな顔で止めようとするグレミオを制したのはルックだった。今ここで彼らの一騎打ちに止めるのは只の侮辱でしかない。
「さあ、私の力を見ろ!これがウィンディ様にいただいた、ブラックルーンの力だ!」
その咆哮と共にクワンダの右手に禍々しい光が放たれ、その覇気は立っているだけで肌を切り裂きそうな鋭さがあった。それでもティルは決して目をそらすことなく、真っすぐ見据えて相手の動きを見極める。 鉄壁といわれても無敵は存在しない。ティルの一撃がクワンダに決まり、彼はついに膝をついた。
「こ、こんなことが……ウィンディ様のブラックルーンが……。」 「ブラックルーン、ね……。」
その様子をじっと見ていたルックだが、ブラックルーンとやらに固執するクワンダに眉を潜める。先ほど放たれた禍々しい気配といい、よくそんなものを使おうと思ったものだ。 そんな彼をよそにクロミミがクワンダに詰め寄る。
「お前が皆をおかしくしたんだ。皆を治せ。」 「……コボルト?何故お前は正気なのだ?ブラックルーンの力が……、うおおおおお!腕があああ!」
近づいてきたクワンダがどういうことなのだと怪訝な顔をしたと思いきや、彼は腕を抱えて呻き始める。 そして何かが砕けるような音が辺りに響き、クワンダの右手から黒いガラスのような破片がこぼれ落ちた。
「こ、これは……、今までのことは……。」
その途端彼は憑き物が落ちたかのように、周囲を見渡しはじめたのである。
「貴方が解放軍のリーダー、ティル殿ですか。さあ、私の首を刎ねるがよい。それが武人としての最期だ。」
その姿は先程までとはまるで別人のようであった。
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