天文世界 22

 しかし再びエルフの村に戻るとそこは既に焼け野原と化していた。

「僕達がしたことは全部無駄だったんすね。なんで、どうして。どんなに馬鹿にされても僕らはくじけず頑張ってきたのに。」

 その惨状にキルキスに限らず皆が絶句した。彼らがドワーフの村に言っている間に焦魔鏡は完成し、エルフの村を襲ったのだ。色鮮やかな葉っぱを揺らしていた大木は幹だけがのこり、その上に作られた家々は跡形もない。エルフの姿などどこにもあるはずがなかった。

「僕の守りたかったものは何も残らなかった……!」

 キルキスが取り出したのは一つの指輪だった。全てが終わったらシルビナに贈ろうと思っていたそれを、彼は地面に投げ捨てる。もう誰の指にも嵌めらることもないだろうと。
 しかしグレミオが地面に転がった指輪を拾い上げる。

「キルキス君、これは君の希望です。希望を捨てたらいけません。ほんの少しでも希望があれば生きていける、それは人間もエルフも同じだと思います。」
「グレミオ……さん……。」

 手渡された指をぎゅっとキルキスは握りしめる。これ以上悲劇を繰り返さないためにも、早くクワンダの暴挙を止めなくてはなるまい。一行は一度本拠地に戻り、本隊と合流することにした。




 本拠地に戻るため来た道を辿るを通りがかると、行き道は静かだったコボルトの村がなにやら騒がしい。それも病気が治ってコボルトが戻ってきたようなにぎやかさではない。

「待ちやがれ、犬っころ!」
「クロミミはこんなところで捕まるわけにはいかない。皆の病気を治す!」

 既に何度か会ったことがあるコボルトが帝国兵に追われながら、一行がいる方向に向かって走ってきたのである。ティル達にその気がなくとも、人間に挟み撃ちを喰らったクロミミは前に後ろに警戒するように唸る。

「なんだあ、お前らは?」
「ただの通りすがりだけど、たった一人に大勢で追いかけるとか必死過ぎじゃね?」
「ちょ、ロゼッタさん!?」

 最初から敵意むき出しの帝国兵を煽るようにロゼッタが笑うので、グレミオが制止するが既に時は遅し。そもそもティルの顔はもはや帝国中に知れ渡ってるので、兵士と遭遇した以上戦闘を回避しようがないのだ。すでに囲まれた現状では離脱することもできない。
 ふと隊長格の男がバレリアに目を止める。

「裏切者のバレリアじゃないか、お前には懸賞金がかかってるんだよ。大人しく捕まるってこった。」

 そういう兵士の笑みは下卑たもので、バレリアには悪いがやはり今の帝国にまともな人間はいないのではないのかと思えてしまう。彼女はそんな彼にむかって一歩前にでた。

「おい、お前。私が大人しくそちらに従えば残りのものに手は出さないか。」
「おい、バレリア!何言ってるんだ!」
「ははは、取引か。いいだろう、神に誓って手は出さないと約束しよう。」

 国家反逆罪は死刑に科せられる。シーナが止めるが、彼女とてそんなことは承知の上だ。焦魔鏡はなにがなんでも止めなくてはならぬものであり、ここで全滅するわけにはいかないのだ。

「今の解放軍が旗印を失うわけにはいかない。だから、ここは私一人が犠牲になろう。」
「止めろ、バレリア。」
「ティル、あんたはまだまだ甘いね。人を率いるものとして肝心なことを見失っちゃあいけないよ。」

 そんなの認められるはずがないとティルも止めるが、バレリアは兵士に付き従い手を縄で縛られる。しかし帝国兵がバレリアとの約束を守る保証などどこにもない。

「お前ら、残りの薄汚いコボルトやエルフ、そして反逆者の仲間はここで皆殺しにしろ。」
「なんだと、今神に誓ってと!」
「はっ、今のご時世神様なんか信じるやつなんているかよ!」

 端から彼らに約束を守るきなどなかったのだ。話が違うと叫ぶバレリアは体をしばられ、もはや抵抗することもできない。

「たく、そんなことだろうと思ったぜ……!」
「クロミミも戦う。ここで死ぬわけにはいかない!」

 シーナの隣でクロミミも剣を構える。しかし敵の数は圧倒的であり、敵を切り捨ても切り捨ててもきりがない。ジリ貧の戦いにもはやこれまでかと思った瞬間だった。

「ティル殿、今お助けします!」
「おいこら、人間のくせにキルキスをいじめんじゃねえぞ!」

 解放軍とエルフ達がコボルトの村になだれ込んできたのだ。





 長老をはじめとした人間嫌いの仲間たちの手前口には出せなかったが、単身でエルフの村に危険を訴えてきたバレリアや、命を落とすリスクを追ってでも人間に助けを求めたキルキスに何かを感じ取ったのはシルビナだけではなかった。エルフ以外の種族は信用ならないし、恐ろしい。それでもキルキスの信じた人間の言葉に少しぐらい耳を傾けてもいいのではないのだろうか。そう、彼らは思ってしまったのである。
 故に焦魔鏡らしき存在にいち早く気が付いたエルフ達は、長老に怒られることも覚悟して、真っ向勝負することを避け村から逃げることを優先した。その結果あの業火から生き延びることができたのである。
 しかし業火から逃げきることができたとしても、帝国の残党狩りを考えると油断ならぬ状況であることに変わりはない。必死に走る彼らが助けを求めたのは解放軍だった。
 一方解放軍の方はレナンカンプの事件以降行方不明になっていたサンチェスとハンフリー率いる旧解放軍と合流し、ティルの元へ進軍させたものの、大森林の結界に阻まれていた所であり、まさに渡りに船だった。

「キルキス、キルキス、キルキスー!寂しかったんだよー!」
「シルビナ……!」

 もう会えないと思っていた想い人との再会に涙目になりながら、キルキスはシルビナを抱きしめた。
 2人を囲むように、スタリオンをはじめとした故郷で共に育った仲間達が安心した顔で笑う。助かったのは全体の一部に過ぎないかもしれない。それでもバレリアとキルキスの行動は決して無駄ではなかったのだ。

「なあ、キルキス。お前の言ったことは間違いではなかったよ。」

 そういったエルフは、村長に命じられ彼らを牢屋に入れた若者だった。

焼き尽くす炎
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