天文世界 24
結論から言えばエルフの村を燃やしたのも、コボルト達を連れ去ったのもクワンダの本意ではなかったのである。ウィンディから授かったブラックルーンはモンスターを操る力を与えると同時に、宿し主の精神を歪ませる紋章だったのだ。紋章が破壊された今、洗脳されたコボルトもそのうちに正気に戻るだろう。
「ルック。」 「さあ、少なくとも禄でもないものってことは確かだろうね。」
ティルがブラックルーンについて何か知ってるかと尋ねるが、ルックも見たことも聞いたこともない代物だ。それでも宿し主の精神を歪ませるなど、真っ当な紋章ではないことは分かる。それこそウィンディという人物が人為的に作り上げたものかもしれない。
「ふいー、やっと追いついた!って、なんか既に終わった感じ?」
そこに空気を読まずやってきたのはロゼッタだった。負傷者の治療に目途が立ち彼女もここに駆け付けたのだが、すでに戦場特有の殺気がなくなった現場に彼女は首を傾げている。
「丁度いいところに。確かあんた浄化も得意だって言ってたよね、さっさとこれ処分してくれない?」 「いきなり人使い荒くない?それになんでこんなところに呪具なんてものがあるのさ。」
ルックにぶつくさ文句いいながらも、ロゼッタは何かを唱え白い炎で黒い破片を燃やし尽くした。それと同時にあたりに漂っていた瘴気も消え去る。ロゼッタが見る限り、ブラックルーンは紋章というより呪いの類のようだ。
「坊ちゃん、彼の処遇はどうしましょう。」
グレミオはリーダーであるティルにクワンダの今後を尋ねる。事情が分かればこのまま彼の首を刎ねるのは流石に目覚めが悪い。
「今更何を言っても言い訳にすぎまいよ。武人としてこの命でしか償うしかあるまい。」
それでもクワンダは同情は無用だと述べた。ブラックルーンに狂わされていたとはいえ、彼がやってきたことは事実である。謝罪で失った命が戻ってくるわけもなく、すでに取り返しのつかないことをしてしまったのだ。
「……本当にそうでしょうか。」 「何?」
しかしティルはそれに反論した。何を言っているのだとクワンダは眉間に皺をよせる。
「死は貴方の自己満足だ。償いたいならば尚更貴方は生きなければならない。」 「生き恥をさらせと言うのか。」 「いいえ、俺は貴方に仲間になってほしいだけです。」
それは10年間バルバロッサに忠誠を誓ってきたクワンダとって屈辱なことだった。 しかし既に今の皇帝は彼が7年前忠誠を誓った皇帝とはもはや別人なのだ。その証拠がこの惨状を見逃し続けた今である。彼の知る皇帝ならきっとこうなる前にクワンダを止めたはずだ。
「ああ、私の信じた皇帝はもう何年も前に死んでしまったのだろうな……。私のバルバロッサ様の忠誠は揺るぎないものです。しかし今の皇帝陛下に忠誠を尽くすことはできません。」
クワンダはティルに己も解放軍に加えてほしいと頭を下げた。
村を焼かれたエルフ達からの風当たりは厳しいもの、ひとまずクワンダの存在は解放軍に受けいれられた。彼らが和解し合うにはとにかく時間が必要だろう。それがいつになるかは全く分からないけれども。 そんなクワンダのもとに連日通う少女の姿があった。
「うーし、こんなところですかね。これでもう大丈夫だと思いますけど。」
ロゼッタである。ティルとの一騎打ちの衝撃で彼からブラックルーンは抜け落ちたとしても、呪具ともいえるそれをずっと体に宿らせていたのだ。ただれた右手といい、その後遺症は大きい。人によっては精神崩壊してもおかしくないのによくここまで耐えたものである。流石武人の精神力といったところか。クワンダに体内残る瘴気を浄化しながらロゼッタは感心していた。
「かたじけない、ロゼッタ殿。」 「別にいいですよ、これぐらい。呪いなんて浄化できるなら浄化するのがいいに決まってますし。」
頭を下げるクワンダにロゼッタは気にするなと手をひらひらをさせる。神聖術を扱う彼女にとって、気の淀みや瘴気の浄化は比較的得意分野だ。治療される側の負担も考えると一回で完治させるのは難しいが、このくらい大したことではない。
「それに仲間の手当てをするのは当然ですよ。」 「仲間……か。あなたもティル殿と同じことを言うのだな。」
クワンダがブラックルーンに操られていたと言えばそれまでなのかもしれないが、彼のバルバロッサに対する忠誠は本物だった。そのことも既に告げたはずなのに。
「解放軍はもともと寄せ集めの集団ですからね。そんなこと言ってたらきりがないんですよ。」
そんなクワンダにロゼッタは今更だと返す。解放軍っていっても皆が皆崇高な目的をもっているわけではない。それこそ傭兵感覚で属しているものもいるだろう。
「それに元大将軍である貴方が解放軍の味方になった、それだけでも価値がある。」
にひひと笑う彼女の言葉は10代半ばの少女が言うには計算高いものだった。本来隠すべき本音を口にするのも意図があってのことだろう。なるほど、面倒見がいいだけの小娘ではないようだ。
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